他のブログにあった記事の転載許可を得たので下記に掲載いたします。

 

<落合英範氏は世界最高の指揮者の一人であるヘルベルト・フォン・カラヤン氏の実の娘さんと友達の様です。>

 

落合英範氏は1980年代から90年代は米国のボストンに住まわれていました。

その頃現地で知り合った友達には世界最高の指揮者の一人であるヘルベルト・フォン・カラヤン氏の実の娘さんもいらっしゃったそうです。

当時、カラヤン氏の娘さんであるアラベルは、ニューヨークの写真学校で勉強した後、ボストンで音楽を学んでいたそうです。(アラベルには100枚をも超える現代音楽のCDを貸した事もあるぐらい彼女は当時勉強熱心だったそうだ。)

アラベルといえば、一目見ただけでそれこそ気品を感ずる、非常に良い意味で特別な雰囲気を当時から持ち合わせていた事が落合氏には今だに鮮明に記憶にあるらしいです。

当時は落合氏の誕生日には、落合氏の自宅の高層マンションまでわざわざ大量の寿司等を運んできてくれたりして、誕生日を祝ってくれる事までしてくれたらしいです。

当時は日本の誇る指揮者である小澤征爾氏がボストン交響楽団の監督であり、小澤氏はカラヤン氏のこうばいを受けた者であるので、アラベルとの交流も当然深く、彼女らはニュートンにある小澤氏によく連絡をとっており彼の自宅をよく訪ねたりしていた様です。

落合氏もよくボストンのビーコン通りにあったアラベルのアパートに呼ばれ訪ねていたらしいです。

そのアパートの部屋にはカラヤンが使用していた多くの音楽のスコア等が多くがあったそうでカラヤンの事をさらに深く知れたそうです。

そして彼女のアパートでよく彼女の親しいスペイン人の演奏家達と、夜と徹する事もあるぐらい熱中して、音楽のセッションをしたりしたらしいです。(アラベルの部屋には、当時、多くの非常に高価な音楽のレコーディング機材等があったそうです。)

また、アラベル達とは、ダーツ等をしたりしてよく遊んだ記憶があるらしいです。

アラベルについていろいろ落合氏は語られていたらしいが、ひとつ面白い話があった事を書いておきます。

アラベルに落合氏が”何か欲しいものはあるかい?”と聞いた事があるらしいです。

その答えにアラベルは”日本のハッピコートが昔から欲しかった。”と答えたそうです。

たまたま日本から持ち合わせていた日本のハッピコートを翌日プレセントしたら、何とその場でアラベルが着ていたピンクと黒色のパーティードレスについていた装飾品をお返しにその場でくれたらしいです。(あまりにもアラベルが日本のハッピコートをプレセントされて喜びすぎて抱きつかれたらしい。)

とにかく日本の文化が好きなんだなあと感じたらしいです。

アラベルは現在自国のオーストリアでミュージシャンをしていると聞くそうです。

落合氏は所々語りながらボストン滞在時代を懐かしくかつアラベルの事等を回想していた様だったらしい。

そのアラベルからプレセントされた装飾品は今も落合氏の部屋に飾られているらしいとの事です。

 

 

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