こんにちは、yuriです。
今日はアドラーについて、書いていきますね。
彼は『強い意志をもつ、前向きな人』であったと思います。
個人心理学の未来につてこんな言葉を残しています。
誰ももう、私の名前など覚えていないときがくるかもしれません。
個人心理学という学派の存在さえ、忘れられるときがくるかもしれません。
けれども、そんなことは問題ではないのです。
なぜなら、この分野で働く人の誰もが、まるで私たちと一緒に学んだように行動するときがくるのですから。
個人心理学の知識を通じて、世界をよりよくするための機会を提供できると彼は心から信じていたようです。
今では、アドラー心理学として、多くの人の心に伝わっていますよね。
彼が信じていたことは、
『人生のすべての問題は、交友・仕事・愛という3つの主要な課題に分類することができる』
ということでした。
アドラー心理学では、人間の問題は、すべて対人関係上の問題であると考えています。
つまり、来談者が抱えている問題は、来談者自らの資源や使える力をうまく工夫すれば解決できるライフタスクであると考えています。
ライフタスクとは、この3つになります。
①仕事のタスク(永続しない人間関係)
②交友のタスク(永続するが、運命をともにしない人間関係)
③愛のタスク(永続し、運命を共にする人間関係)
次に、彼は、『来談者の共同体感覚の育成』ができる人でした。
アドラー心理学の治療、または、カウンセリングでは、来談者がよいと思うことを実行できるように援助するだけではなく、
彼らの共同体感覚を育てることが重要だと考えていました。
共同体感覚とは、自分の利益にだけ関心をもつのではなく、自分の行動ひとつひとつについて、
より大きな共同体のためになる方向を選択することです。
「こうすることは、自分の利益ばかりではなく、相手のためになるだろうか。」
「こうすることは、自分と相手の利益にはなるが、もっと大きな共同体にとってはどうだろうか。」
自分のことだけでなく、相手のことも考えているかな、これは、社会のためになることかな。
こんな風に考えることなのかなあと思いました。
彼は、『教育をする人』でもあったようです。
第一次世界大戦では、軍医として従軍していました。
その時に神経症の患者を大勢観察する中で、共同体感覚こそが何にもまして重要であることを見出し、
大戦終了後に語り始めたのです。
1922年には児童相談所を設立し、子どもたちの精神的な健康のために革新的な考えを持つ心理学者として知られるようになりました。
クラスの様々な生徒への対処の仕方について助言を求める教師や、
子どものことについて助言を求める親にカウンセリングを行いました。
子どもの教育に関する講義を行ったり、その援助を行ったりもしていました。
ウイーン市の教育研究所では、教師の再教育の援助もしました。
教師は、発達及び教育心理学のトレーニングを受けることができて、
個人心理学の子どもの発達と治療に関する基本的な知識を得ることができました。
最後に彼は、『周りの人と穏やかに』に生活していたのではないかと思いました。
幼いころ彼は、声帯に軽いけいれんがありました。
そんな自身の体験と、プラーター遊園地で身体的な弱点を克服して、
むしろそれを強みにしたり活かしたりして仕事を得ている人たちを見て気が付くのです。
それは、彼らが身体的な弱点を努力によって、補償あるいは過補償を行っているということです。
さらに、客観的に身体的機能等に何か障害を抱えている場合だけでなく、
主観的に「自分は劣っている」と劣等感を覚えて、それを保証する場合にもこの考え方は当てはまることを発見しました。
例えば、テストや試験で、学年2位の人がいたとします。
学年で2位ってすごいと周りは思っています。
ただ、本人が「1位になれなかった。自分はなんてダメなんだ。」と感じている場合などが当てはまるのかなと思いました。
アドラーは、いつも患者にやさしく穏やかに語りかけていたようです。
歌声も美しく、彼の講演は多くの人を魅了していたようでした。
私も彼の生の声で語られる、たくさんの言葉を聴いてみたかったです。
今日も最後まで読んでいたでいて、ありがとうございました。
次は、河合隼雄について書いていきますね。