いつまでも子供は子供なのだなー | 渡瀬悠宇 OFFICIAL BLOG
昨夜ブログのあと、どっと疲れて昼まで寝てました。
朝方6時頃、外で若者たち男女数人が大声で騒いで、起こされたのもあり。
オールで飲んだか、元気じゃなー。
耳栓どこ行ったろ?

したら。
肝臓数値の低下で、お腹が膨らみ、腹水の可能性があるので先日から入院中、の母から電話携帯がありました。

「今日、来んでええよ(´ー`)」
「なんで?!(°д°;)」

「腹水、無かった(´ー`)」

え( ゚Д゚)ビックリマーク

ななななに?!(-_\)(/_-)三( ゚Д゚)!!


「さっき、薬使っても無理やから、もうこれは抜くしかない、て、全部準備したんやでー。
そしたら先生が『あれ、無い』て」

(; ゚Д゚)無いて。

『少しはあるけど、こんなちょっと抜いたらアカンて。主治医の先生もハー良かった(^。^;)言うてな』

「え?!でもこないだ肝臓数値下がってて悪かったやん!(;´Д`)ノ」

「うん、正常みたい(´ー`)」

もしや、飲んだ人は殆ど正常化するという漢方、《養生へんしこう》が効いたのか?!

「…静脈瘤検査は?!!(ノ゚ο゚)ノあせる

「異常ないて。月曜にまた血液検査して、問題なかったら退院やて」

「………!!( ;Д;)ほんま!?(マジ泣き)」
良かった!!良かった!!あせるあせる

「そやから、わざわざ来たあかんと思て。
安心して、仕事し。(´ー`)
退院時だけ、お金持ってきて欲しいねん」

行くさーーー!!!。゚(゚´Д`゚)゚。

だが、お腹の膨らみはなに??
「空気みたいやなあー(´ー`;)」

(;◇;)空気て。

「腹筋しろて言われたーアハハハ(´▽`)」

母ちゃんが笑っておる。
肝硬変発覚から闘病15年。
この数年は腎不全も併発している。
「30年、同じ病気で入院しながら生きてる人もここ(病院)来てるんやて。……」

ともかく漢方薬を飲ませ続けよう!!



「アラタ カンガタリ~革神語」連載開始と同時に、大阪の家で、私の知らない間に静脈瘤が破裂して、一度は危険状態になった。

それを乗り越えたら、3ヶ月後に胸水がたまり初めて、それこそ太い管を入れられ、抜いては溜まり抜いては溜まりを繰り返し、痛みに耐えながら入院で戦うこと4ヶ月。
水が止まったのだ。

私といえば、初めての少年誌で、余所から入らせて貰って休載なんて申し訳ない!
と、flowersでの「櫻狩り」連載と並行して、一切休まず描き、合間を縫っては大阪に戻って病院、自閉症の弟の様子を見に家、と当初必死だった。

なんというか、「風立ちぬ」の、奈緒子さんの吐血を聞いて、ボロボロ泣きながら設計図を書いた二郎さんの、あの感じ。
(´ー`)

原稿しながらも、ふと母を思うとよくソッと涙をのんでいた。(アシさんいるからね)

この数週間もそうでした。
自分を責めたり、いや大丈夫だと奮い立ったり。気もそぞろ。
うっかり愚痴も口走ってしまいました。


はー!!
良かった!!(´□`。)

電話したら、「仕事は」「あがったんか」「無理したらあかんで」といつも聞いてくる母。
いやいや、私のことはいいからさ!


こないだも、一緒にドラマ「ホジュン」観てて、(医者もの)
「どんな人も最初は大変なんやなあ」
「お前も最初、よう泣いてたやん(^-^)b」
「えっ?!!ヽ(*'0'*)ツ」
なぜそれを?!隠れて泣いてたはず…

「そんなに辛いんやったら、漫画家辞めるか?(´ー`)止めてええんやで、てお母さん聞いたら、
『絶対に辞めへん!!!(`ヘ´。#)』て言うたやん」


カアーーーーー(//・_・//)
覚えてない……

母は凄い存在なのです。
笑ってくれるだけで、こちらの心も、パアッキラキラキラキラと明るくなる。
どんなお母さんの笑顔も、子供にとっては太陽晴れなのです。
母本人は気付いてるのでしょうか。




赤ん坊のときの抱っこ写真。
男の子と間違えられたらジャンボ赤ちゃんの私のふてぶてしさよ…(笑)


お母さん。
なにもしなくていいので、ただ1日も多く永く生きて下さい。
まだ、親孝行した、と思えてないんだ私は!(*`ー´)ゞ



しかし、そんな今日は眠ってしまい仕事出来ませんでした(笑)