梅花の歌三十二首并せて序す
天平二年正月十三日、帥老(そつろう)の宅に萃まり、宴会を申す。
時において初春の令月(れいげつ)、気淑(よ)く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫ず。加えて以て、曙嶺雲を移し。松羅を掛け、しかして盖(こう)を傾く。
この字を見た時の感想は、この「令」の字は漢検で許容なのかということ。
MS明朝フォントと、手書きが見事なまでに混じっている。
三画目が点でありながら卩。MS明朝が「一卩」。手書きは「点マ」。おまけに、5画目は撥ねている。
白川の常用字解には「象形。深い儀礼用の帽子を被り、跪いて神託を受ける人の形。」
しかし、字形だけを見て意味を説明する白川学説に、異論を唱えるHPもある。
藤堂学説は令を「数珠つなぎ」つまり順序よく、規則正しく併ぶというコアイメージを持つ音(令はリン)義から説明している。
いつもながら白川学説は反実証的だと思うが。