今回はおすすめの本を紹介したい。『世襲と経営 サントリー佐治信忠の信念』(泉秀一著、文藝春秋)という本が出版された。サントリーは売上高3兆円に迫るが、非上場企業であり、佐治信忠会長はマスコミに、ほとんど登場しない。「日本一ミステリアスな経営者」とも言われているが、この本では、そんなサントリー総帥が初めて多くを語っている。

佐治会長とは30年以上親しくさせていただいている。私が和民1号店を出店するとき、実は他のビールメーカーと契約がほぼ決まっていた。しかし、サントリーは、それをはるかに上回る条件を提示してくれた。私も若く、威勢よく佐治さんに「僕が日本の居酒屋で一番サントリービールを売ります」と夢宣言をした。和民の出店攻勢が続き、後年それは現実となった。自分を高く評価してくれた「義」に応えたかった。

サントリーは世襲経営の代表格だ。理念の「やってみなはれ」という精神を代々、大事に受け継いでいる。ビール事業も長年赤字だったが、今では佐治会長肝いりの、ザ・プレミアム・モルツがヒットし、ビール市場のシェアをしっかり取った。祖業のウイスキーは20~30年寝かせる必要があり、世襲経営に適している。

上場企業の場合、四半期での利益が求められる。雇われ経営者だと、目先の短期的な利益を追い求め、理念や祖業を失いかねない。佐治会長は、後継経営者に求める条件として「狂気と理性」の2つの相反するものをあげている。2014年に米ビーム社を1兆6000億円で買収したことなどは、まさに「狂気」だ。しかし、日本企業は今後、グローバル市場でしか成長しない。ましてや、これからは円安であり、海外からの収入は大きい。

佐治会長は、経営者は夢を大きく持たなければ、まわりがついて来ないと説く。さらに、運を大切にする。ビームの買収後、一時病に伏されていたことも告白されているが、その時、新浪剛史氏を社長として招聘(しょうへい)した後でありタイミング的に「私も運がいいし、サントリーという会社も運が強い」と、ポジティブに語る。ワタミもコロナで、取引先とお互いに苦境を強いられた。

しかし、サントリーはいちばん寄り添ってくれた。担当の営業マンもワタミ側の気持ちになって調整に奔走してくれているのが伝わった。コロナ禍からの客足の戻りに苦戦する中、自社の商品のPRでなく「人生には、飲食店がいる。」というポスターをサントリーは展開している。励まされる飲食店経営者は多い。

現在、サントリーが新発売した炭酸水で割る「ビアボール」が、ワタミの居酒屋「ミライザカ」で好調だ。佐治会長とは、ゴルフ場でよくご一緒になる。とにかくお声がいつも大きい。次にお会いしたときは、大きな声で「新商品、日本で一番ワタミが売ります」とお伝えしたい。それもまた「義」だ。

【夕刊フジ】「渡邉美樹経営者目線」(毎週火曜日連載)より