矢野康治財務事務次官が月刊「文芸春秋」11月号に寄稿した、日本の財政破綻の危機に警鐘を鳴らしバラマキ政策を批判する論文に波紋が広がっている。与党幹部なども強く批判しているが、私はこの論文を全力で支持したい。

矢野次官は、これを発表すれば、政治家に疎まれ、天下りポストにも影響するなど、自らの保身を考えれば、しなくていい理由はいくらでもあったはずだ。バラマキ政策に黙する財務官僚を「黙してただ服従するのは、あたかも中国歴代王朝の宦官」と断じていたのが印象的だった。

国会議員でも財政再建論者は皆無だ。私が議員バッジをつけていたときでも、財政破綻の問題提起には否定や批判を受けてきた。議員の後ろ盾を得ず、官僚が意見するのは相当の覚悟だ。それだけ危機的だと受け止めるべきだ。この論文で、政治家も国民も動かないかもしれない。しかし私には、矢野次官から若手財務官僚への「あきらめないでほしい」というメッセージにも読み取れた。内容は真っ当な正論だ。

矢野論文でも挙げられていたが、「カネをばらまいても大丈夫」という世の政治家や経済学者が挙げる根拠として、国債発行による財政出動で国内総生産(GDP)を増やすことで「国債残高/GDP」の分母が増え、借金が目減りするという意見や、成長率が金利を上回れば借金は増えず、現に金利が下回る状態が続いているとの見立てがある。

しかし、実際にバラマキを行っても、30年間も成長しなかった上、低い成長率を金利が上回らないのは日本銀行が大量の買いオペレーションを実施しているためだ。積極財政派の論理構成に、国民はだまされるべきではない。

「政府が自国通貨で国民から借金しているから破綻しない」という意見も聞くが、企業同様に貸借対照表(バランスシート)上での債務超過での破綻ではなく、資金繰りが厳しくなり、デフォルト(債務不履行)を起こすことは明白だ。

衆院選の公約は与野党ともに「分配」合戦だが、その配るお金、財源はどこにあるのかと問いたい。こうした政治の姿勢は、日本国債の格付けにも影響しかねない。財政破綻やハイパーインフレが起きたときの責任は、バラマキ政策をリードした政治家にある。財政再建論者からみると、どの党にも投票しかねる。一つくらい財政再建を掲げる党の選択肢がほしい。

バラマキで選挙に勝ちたい政治家からすれば、この国の借金が増え続けていることは「不都合な真実」だ。私が政界引退の時に自民党のあいさつで、「不都合な真実と向き合ってほしい」と最後にいった。

今回、矢野次官も論文の終盤でまったく同じフレーズを使っていた。先送りを続け、子供たちに借金を押し付ける政策は異常だ。政治家は「次の選挙」のことしか考えていない。骨のある官僚は「次の世代」を考えている。矢野次官の寄稿に私は胸が熱くなった。 

【夕刊フジ】「渡邉美樹経営者目線」(毎週火曜日連載)より