久しぶりに映画を観に行った。
ラッセ・ハルストレムの新作「カサノバ」 が上映中と知り、
予定のない休日にふいに思い立ってのことだ。

好きな映画監督の何人かは、その名前を聞いただけで、
タイトルも中身の予備知識もまったく持たないままに
映画館に飛び込んでしまうということがしばしばある。
迷っているうちに見逃してしまうなんてなんだか悔しい。
単純にそれだけ好きだということなのだけれど、
ハレストレムはそんな監督のひとりなのだ。
「ギルバート・グレイプ」(1993)「サイダーハウス・ルール」(1999)
「ショコラ」(2000)など、実にヒューマニスティックな視点で、
人生と人間の感情の機微を描くことに長けた監督である。


そんなわけで期待充分、予備知識ゼロで観に行った映画の感想は
といえば、これはなかなかに複雑な気分なのであった。

本作でハルストレムは、神秘的な魅力に包まれた誘惑の都
ヴェネツィアを舞台にこれまでの作品にはない軽妙さと大胆さで、
恋愛の美しさ、素晴らしさを高らかに謳いあげている。
まさしくテーマは「恋愛至上主義」。
これまでのハレストレム作品を期待してゆくならば
見事に裏切られてしまうだろう。
史上最も有名な恋愛の達人カサノバの秘められたロマンスと
冒険を描く本作は、ハレストレムにとってもまた、
映画監督としての新たな可能性への冒険ではなかったかと思う。

それが成功したとみるかどうかは人それぞれと思うが、
私にはエンドロールを眺める間も何か釈然としない思いが残るものだった。
例えば、幼児期のカサノバと母親とのいきさつに始まる数々の伏線を、
まるでパズルのピースを嵌めるように、クライマックスへ向かって
収束させてゆく手際などは実に鮮やかである。
真実の愛を求めて女性遍歴を重ねるカサノバを、
黒目がちでつぶらな瞳が魅力的な若手実力派ヒース・レジャーに
演じさせることで、人間味溢れるキュートな人物とした点なども
よくできていると感心する。
実際にヒース・レジャーは監督の意図を汲んで見事だ。
しかしながら、その鮮やかさ、軽やかさが
逆にストーリーの説得力を失わせているようにも思われた。
クライマックスに近づくほど、物語はすべてを巻き込み
たたみかけるようなスピードで展開してゆくのだが、
少しばかりせっかち過ぎ、都合がよすぎはしないかと思うのだ。
これはファンタジーであり漫画なのだと思って眺めていても、
丁寧で細やかな心理描写に長けたハレストレムなればこそ、
そこのところをもう少し納得させて欲しかったという思いは残る。


広大な自然や街並みの全景のなかに人物を捕らえる独自の映像感覚や、
カサノバを真実の愛に目覚める幸運な男として描ききってしまう
どこまでもハレストレムらしい人の好さというか…
そういうところは変わらず彼の魅力であり素晴らしいと思うので、
もしこれが新しい冒険の始まりならば、
ファンとしてはもう少しこの先が見たいと思うのである。


次作を期待して待ちたい。


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