2017.12.6(水)

 戸塚地区センターで、「発達障害またはそうかもしれない人と、その家族のための支援・相談会」というイベントがあった。

地区センター主催、協力峠工房。

 

 峠としては全く初体験で、お客さん来るのかどうか心配。

センターの担当のかたも、初めての試みで、はたして?と、内心心配していたようだった。

 

 もったいぶるわけじゃないが、10人を越えるお客様だった。

人数も予想外だったが、参加者同士で語り合う場を求める人が多いだろうと思っていたが、ほとんどの人が、戸別に相談を望まれた。

 

 今は、「早期発見・早期療育」ということが広まって、皆さんそれぞれ相談なり助言なりを受けている場合が多い。

でも、実際には、具体的な助言や、必要な支援が届いていないのは、相変わらずなのだなぁと、改めて感じた。

 

 私たちは、もっと行動し、もっと宣伝しなければということを再確認した催しだった。

今までも、手の届かないもどかしさを感じていたけれど。

これからどう動いていったらいいのか、よく考えなければと思う。

2017.12.3(日)

 最もプライベートな出来ごとだが、弟が他界した。

2日、3日と、見送る儀式。

実際には、当方の理事総会と重なる日だったが、事情あって儀式は、きのう、きょうになり、私としては、両方に列席できてよかった。

 

 2才ちがいの下のきょうだいだから、よく遊び、よくけんかした。

こどもの頃は、私の行くところについて来たがって、それをどうあきらめさせるか、その年令投じのありったけの知恵を絞った。

沢へせりをとりに行く時などは絶対にじゃまだから、「こわいきつね」の話とか、「おそろしいかっぱ」の話なんかをしておどかして置いてきたり。

きつねもかっぱも見たことなかったけれど、自分の頭の中でふくらませたそれが、自分でも怖くなって、逃げ帰ってきたりした。

 おとなになってからの一番は、伊勢佐木町5丁目の交差点の向こうとこっちで、大声でどなり合いの大げんか。

私はもう結婚していたのだけれど、なんにも変わらない、おたがい短気ものだった。

周囲の人のことなど、ぜんぜん気にしなかった。

 母を送る時も泣かなかったから、今回も泣くことはないだろうと予測していた。

それでも、まさか彼が私より先に逝くとは思っていなかった。

性格が似ているところも、短気以外に、けっこうあって、中でも自分を酷使してしまうところ。

体質も似ているかも、と思っていて、2人とも血管の病気で死ぬかな?なんて思っていた。

 

 自分で建てた巨大無線アンテナや、数々の場面の写真も、さびしいというよりも、なつかしい思いで見た。

特に、以前峠工房で作った、アマチュア無線の交信カードがあったので、ああ、まだこれを使っていたのかと、うれしかった。

 奥さんの「私が頼りないと思ったからか、ベッドからいろんなものを注文してあって、支払いまですませてあった」との話には、やさしい1!心底うらやましいーー!!

 

 それなのに、最後の別れのときに、身体の芯から大きな何かがガバーッとこみ上げてきて、つき上げられて、うろたえた。

 私は、今までより少しだけ、自分のことを気をつけるよ、と心の中でつぶやいた。

 2017年度の決算総会が例年通りの日程で「無事」終わった。

 

 あれから1年……。

思い返すと、ヤツラに改めて腹が立つ。

峠工房の決算総会に乗り込んで、足がかりを固め、乗っ取り作戦を表に出して、堂々と傘下に収めるつもりでいたのであろう団体。

資金提供と言いながら、自分たちのおもいどおりにならないとわかったら、兵糧攻めのように、わが方の口座から資金を全額引き出したやり口。

 国会議員と言う職にありながら、一切の説明責任を果たさずに知らんふりした……ああ、これは政治屋としてはフツーの行動か。

あたりまえだったのね。

 

 とにかく、持ちこたえたのが不思議な1年だった。

 

 しかも、もともとの峠工房(第一教室)の赤字幅減少しているのだ。

なんてエライ私たち!!のしかかっているのは放デイを始めたための赤字。

これはもう、サギにあったようなことだから。

と、言うかあったのだ。

 

 この先、順調に推移するようになった時には、仕返ししてやるぞーっと、すごんでいるが、議員氏は職を失ったし、サギ集団も、なかもめているようなコトもチラリと耳に入るし、自分の仕事に没頭するのが、好ましい時間の使い方かなと思うほうがいいような気がしてきた。

 

 漏れつたわってくる話では、最初に話された内容は「泉区に、つぶれそうなNPOがあるのでウチで買いとる」だったとも聞いた、

それを知った周囲の人たちはなんと失礼な!と怒るのだが、私はそれなら買い取ってくれればいいのに、3億円くらいでと思う。

そしたら、もっと交通の便の良い所に移って、「元祖峠工房」の旗をいっぱい立てて、「皆さん、ニセ峠工房にだまされないで!」のビラ配りをやっちゃう。

 

 それに、つぶれそうなと言ったって、峠工房は、つぶれそうじゃない時などほとんど無い。

潰れそうの達人なのだ。

何をいまさら。

 でも、守られ、支えられ、今までやって来たという最大の強みがある。

カネに、目がくらんでる者には見えない力が働いている。

 

 私自身は、つかの間、給料をもらう身分になって、子どもたちとだけたっぷり向き合う生活を夢見たが、もう少しの間は夢は夢として温存しておくことにしている。

2017.11.18(土)

 土曜は利用人数が一番多くて、しかも寒くなってから、火鉢に火入れすることが増えて、やきいもだとかもち焼きだとか、楽しみにしているからすごくにぎやか。

 そこへ、久しぶりの訪問者。

この人、いつも突然来る。

みんなの先輩、たいち君。

小学校5年生当時のケッサクガンプラが、今だに2階教室に飾られている。

伝説のセンパイ?

 「久しぶりの土曜休みで、どこかに行こうと思ってバイク動かそうとしたら、バッテリーあがってた。」

それで、遠出もできないし、そうだ!峠へ行こうと、スクーターでやって来た、というわけだ。

 

 彼が、フェイスブックなどに、仕事やめたい、と不満をもらしていたので、心配していた。

で、あの件どうした?

 「オレは退職届まで書いたんですよー。だけどいつも不愛想で、口かずも少ない人(顧客)が、Sさんじゃなきゃダメなんですよ。いてくれなきゃ困るんですよって言ったので、もーその場で届けをやぶいちゃいました」

 彼、「スポーツを教える会社」(彼の説明)にいて、忙しすぎて休みも取れず、不満がたまっていたけれど、信頼を獲得してるんだ。

感心しつつ、皆で大笑いした。

 今も人にすかれているんだ、とうれしかった。

 今の職場を紹介してくれたのは、ラグビー部のヘッドコーチで、「おまえは、ウラオモテないから後輩やみんなから好かれるんだ」と、言ってくれた。

最高のほめ言葉じゃん、と言ったら、そーかなー、と、よくわからない顔してたけど。

今、それが生きている。

 愛車900c.cのバイクが動かないので、遠出もできず、みんなといっしょに焼いも食べたり、昔ばなしで盛り上がったり、あいかわらずの、でっかい身体に似合わない舌ったらずのしゃべりで、バイク談義に花咲かせたりで、午後遅くまでいた。

 ふと時間が空いた時に、「そうだ、峠に行こう」と思ってくれるのは、とてもうれしい。

2017.11.4(土)

 昨日、楽しくって、うれしくって、ヘロヘロになるまでカート走行に最多志願したKたろうが、筋肉痛がなんだの言いながら休まずに来た。

「園長先生にほめてもらいたから」だそうな。

実際、昨日プロのレーサーさんにほめてもらったとかで、やはりうれしかったのだ。

 途中、突然緊張が切れて、フェンスにどーんと行ったYAくん、父子で走行して、曲がるときのハンドル操作のミスのなすり合いをしていたYJ親子、公募で参加してくれた2組の親子さんの、ノリノリ気分。

みんながいろいろ話してくれた。

 それとお出かけで外食のうれしさも満喫。

 みんな、動画DVDができるのを楽しみにしている。

 それにしても面白いなと思ったのは、みんなが認める車に一番くわしいはずのSHくんが、実際の走行では、かなりアブナイ運転をしていたこと。

彼の車への興味、関心(あえてこだわりとは言わない)は、相当なもので、特に好きで見ていた映像、ドリフト走行などが頭にしみついていて、しかもそれなりに自信もあって、教えられた安全走行に反するようなことだったのかもしれない。

2017.11.3(金)

 自分が計画、実施に深くかかわったわけではないが、ちょっと大きなイベント、「放課後学習ラボ・カート体験走行」が無事、それも大成功で終わった。

 NPO法人Winds Formula Association主催で、峠工房は協力、指導という形だが参加者の大部分は峠工房の子、親。

発達障害を持つ人との交流イベントと銘打っている以上、峠の者たち主体であろうとは予測していたが、配ったチラシを見て応募してくれた親子が2組というのは、うれしいことだった。

 去年はフツーのカートイベントに特別参加させてもらい、おととしは見学のみ。

この時は私も付き添った。

発展させてきて、今日に至ったということかな。

 そんなのムリ、と多くの人が思うであろうことを、やってみせればきっと、見かたが変わってくるだろう。

 事前の注意をちゃんと聞いていなければ厳しく叱られるし……ああ、この子はいわゆる健常児だったっけ。

 主催者側の人も、世に拡散されている軽度発達障害児・者の人たちへの新しい認識を得たことと思う。

なにしろ今の世の中、介護も障害も、「もうけ仕事」と参入する業者が多く、まじめに取り組み、志を持っているところをも圧迫しているのだから。

同じように行政からしめつけられるのですよ!!

2017.10.26(木)

 朝Kきょうだい母から、おばあちゃん急逝の報あり。

重病をかかえているが、それなりにお元気で、きょうだいを泊まりに来させてあげたり、母の力にもなってくれていたと認識していたから、心底びっくりしてしまった。

 Mちゃんはよく、「きょうはうれしいことがあるの!ババちゃんちへお泊りに行くの」と楽しみにしていた。

 下校時刻頃に母がルスになる時は、つぐ近くにあるババちゃんちに帰っていた。

 こどもたちのショックも大きいだろうが、突然自分の母を失ったお母さんの大変さを思う。

 一家揃って、11月3日のカート体験行事にさんかするとうきうきしていたのに……それどころじゃなくなった。

2017.10.22(日)

 台風の影響がある、大変だ。

と天気予報の連呼の中、投票に行ってきた。

「100年たってもこの国は変わらないよ」がくちぐせの私でも、投票には行く。

行政の悪口を思いっきり言うためには、自分の義務を果たすべきだと。

 でも、今日一番気になるのは、台風の影響。

すぐ前を流れる相沢川は、あまり心配してない。

ちょっと大雨になるとすぐに水かさが増えるが、あふれ出ることは最近ない。

心配でしょうがないのは、隣の畑なのだ。

もともとは、峠工房と同じ、道路の高さ(低さ?)だったのが、盛り土をして、2メートルぐらい高くなっている。

水抜きとか水路などの工事が無く、さばき切れない雨水は、わが方へと流れこむ。

 外付けの灯油ボイラーが水没したり(もちろん弁償してもらったが)、周囲が住宅地になってから庭の水の逃げ場が無くなって、あわや床上浸水か、ということもあった。

 よそでたいした被害がなくても、うちだけ水没の危機の心配は、台風の接近のたびに、大雨警報のたびにつきない。

 それはそうと、選挙だが、結果は私の予測した通りになった。

早い時間にあっけなく出た結果である。

かわんないよねー。

この国は。

201.10.16(月)

 KA母からの話。

 パパに、ザリガニ事件のことを話していたら、KAが泣いて、「オレにはずかしい思いさせるな」と抗議した。

だから、まだくわしく話してないのよー、と母は言っていた。

 でも、すごい成長だなと思う。

あの言いわけのなすり合い、相手のせいにすることに必死になっていたのが、「はずかしい」と泣くのは、自分が悪かったと認めていること。

 そこを認めて、ほめて(評価して)あげてほしいと頼んだ。

 今日は、事情があって休みのお知らせ電話のついでに報告だったのだが、残念!!

来れば最大級のホメ言葉雨あられが出来たのに。

2017.10.14(土)

 峠工房生活塾ならではの事件発生!?

やりたがりのKAくんがザリガニに指をはさまれた。

 

 ヒーヒー言ってる最初の内は、みんながふざけているんだと思っていた。

全員。

そのうち、ものすごい金切り声、悲鳴が。

それで、カードゲームやっていたKたろうが、「あれ?はさまれてるんじゃない?」と気づいた。

その時は、もう怪物に襲われたような騒ぎだ。

 

 びっくりしてかけ寄った時には、もうザリガニはあきたと見えてはなしていたが、彼は指を1本喰いちぎられたような風情。

見ても、血ひとつ出ていなくて、指のハサミがあたったところがちょっと赤くなっていただけだが、「しびれた」だの「動かない」だのわめいて大泣き。

 

 オレをこんなめに会わせやがって、と怒るから、おまえがドジで言うことを聞かないからだよと笑った。

だって、何度も何度も、「指(手)をつっこんじゃだめだよ。はさまれるから」と注意されていたにもかかわらず、根拠の無い自信に満ちて、先週は手つっこんでつかめたので、甘く見ていたらしい。

 

 とにかく、恐怖心が大きくて、思ってもみなかったことに打ちのめされた様子がおかしくてたまらなかった。

かわいそうだけど、笑いが止まらなかった。

 

 気がついたら、椅子2こ並んだところに眠り込んでいて、叫んでも、大声だしても起きなかった。

帰るときにはすっきりした顔つきになっていた。

でも、カタキ取ってたるとすごんでいたけど、どうするのかな。

楽しみだ。