白黒は「無相」においては、素材であり、基調とするの論 | 開運コンサルタント 和泉堂のブログ

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業界初、予知、透視技能法「無相」をはじめ、無相の原点でもある「麻衣相法」の今風仕立ての読解から、業界における問題提起まで惜しみなく公開しております。また、ブログをまとめた書籍も自主制作で販売しており、強いては商業出版も視野にご縁を求めております。


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カラー(色)が見える・・ともすると、虹の七色で、技が冴えて鮮やかに見えるのではないかと・・すんなり考えてしまいがちですが、どうもそんなものではありません。ここに表と裏。静と動の現前の差に驚くと共に事実を認めざるをえません。ちなみにカラーは静(受動的)であり、動(積極的)こそが無相であり、無念無想で見る世界が無限な広がりと膨らみがあります。

なぜ動的は白黒なのか?

について、少し考えてみたいと思います。


おそらく私どもが展開を仕掛けているABC論、ボリューム論、パターン論、イメージ論は技術である(機能である)とする立場には、何らかの信号(お尋ね)を、信号以外のエネルギーに変換する働きは、動的であり、(白黒が見えやすい)能動素子的とする思いが生じます。


この変換増幅には白黒がとことん見せ場を作ってくれます。カラーではない点に注意して下さい。動の能動的は白黒とし、静の受動的はカラーとして見れば、ここで理屈がピッタリになるから不思議です。


なお、動の白黒はどこまでもボリュームと膨らみを・・奥のある芸と、尋ね方ひとつで見せてくれます。一方の静のカラーは受動的で、そこに出たままです・・と言わんばかりです。色彩に転じてそれで終わり、鮮やかにとどまり深い変化としての動きとはならないようです。


ただ、「イメージ論」においては、チラホラ的に色が色んな意味に通じる、助けになり、ドバドバっと色が出るということではありません。

要するに・・


● イメージ論

● ボリューム論

● パターン論

● ABC論


は、デジタル的であり無相的。


● 赤・緑・青といった色彩


は、アナログ的であり、一般的な見方。

と逆説的な結論と言いたげです。

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