早大学院高を経てア式に入部 強豪校出身ではないDF笹木大史の苦悩と原動力とは | 早スポオフィシャルブログ

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 「ブレずにア式に入る」。付属高である早大学院高からは直接早大へ入学できるが、ア式に入り本格的にサッカーを続ける人は少ない。それでも笹木の決意に変わりはなかった。むしろ高校時代に夢半ばに終わった経験から、「自分の好きなことで何かを成し遂げられなかったら、この人生において何か成し遂げるのは難しいと思った」と、サッカーへの思いがより強くなっていた。しかし、入部後すぐに笹木が体感したのが、ア式のレベルの高さ。基礎技術の水準はもちろん高く、自身が売りにしていた競り合いやヘディングの部分も通用しない。上には上がいることを知り、「他で何か違いをつくれるようにならないと、チームに必要とされる選手になれない」と痛感した。トップチームはおろか、下位カテゴリーでも試合に出れない日々が続き、時には練習試合の4本目のラスト15分だけの出場という屈辱を味わうことも。もがき続ける中で笹木は、他人のプレーを観察することを意識したという。当時のア式にはディフェンスラインに多くのJリーグ内定者が在籍しており、そうした選手と自分との差を分析するようにした。特に、鈴木俊也のボールの持ち方や出しどころといったビルドアップ面での技術は、自身にとっても衝撃的で、常に参考にしてきた。対人守備に加えた新たな自分の武器を身に付け、将来的にトップチームで活躍するために、レベルの高い環境ア式だからこそ他人のプレーを吸収し、ベンチ外にいる時間を無駄にすることなく研さんを続けたのだ。
 

2年時に社会人リーグでプレーする笹木

 

   2年時になると、トップチームの練習試合に関わる機会もあり、失いつつあった自信も少しづつ取り戻していった。それでも、紅白戦や周りとの比較を通じて、「トップとは少し差があるというのは感じながらプレーしていた」という。この年、笹木を含めた1、2年生で戦う新人戦チームは日本一に輝いた。しかし、笹木個人としては、重要な試合で出番が回ってこなかったり、全国大会ではプレー面で精彩を欠きチームに迷惑をかけたりと、悔しさが残る結果に。「自分が出ると安定しない。悔しいけど認めざるを得ない、(試合に)出れなくて当然のパフォーマンスだったなって思います」と自分の実力のなさを改めて思い知らされた。

   それでも、3年時はシーズン頭からトップチームに名を連ねることになる。当初は本人も驚いたと言うが、一方どこか手応えを得ている部分もあったという。特に3月の島原遠征では、元からの強みである対人守備に加え、「今まで見えなかったパスコースが急に試合中に見えるようになった」と、1年時から新たな武器として磨きをかけてきたビルドアップ面での成長を感じた。そして早関定期戦、日韓大学新人戦でもスタメンの座をつかむと、3月末に行われた天皇杯予選では圧巻のパフォーマンスを披露。関東大学サッカーリーグ(リーグ戦)1部でも屈指のフィジカルや強度を誇る国士舘大や駒大を相手に当たり負けせず、効果的な縦パスを通し、攻守両面でチームに安定感をもたらしていた。試合後のインタビューの際も、充実の表情を見せていた笹木。「楽しかったし、練習でできていたことが1部相手に試合でもできた」と確かな手応えと自信を得た。
 

3月の天皇杯予選駒大戦でスルーパスを送る笹木
 

 そして開幕した今季のリーグ戦。開幕からスタメン入りを果たすと、第3節には慶大との早慶戦を迎えた。高校時代から6年在籍する早稲田を代表しての戦いであり、加えて相手の慶大には中学時代のチームメートや、一個下ながら既にプロ内定を決めたFW塩貝健人が在籍している。そんな試合に早大学院高の同期であるDF石井玲於奈(商3=東京・早大学院)とセンターバックを組んでの出場というシチュエーションに、笹木が燃えないわけなかった。しかし、試合は警戒していた塩貝にもやられ、まさかの1-4と大敗。自身も後半途中に負傷交代となり、「本当に不甲斐ないし、言葉で表せない気持ち」と悔しさをにじませた。今季は最低でも後2回早慶戦が控えており、リベンジの機会はまだある。「残りの2試合でたたきつぶしてやるという思いは強い」と、他の人よりも長く早稲田の代紋を背負い、人一倍慶応には負けられないと思う笹木だからこそ、再戦の機会を待ちわびている。

 

 

4月に行われた早慶戦でセットプレーの際に前線に上がる笹木(中央右)。早大学院の同期でもある石井(左)とセンターバックを組んだ

 

    小学校、中学、高校、大学と事あるごとに壁にぶち当たり、その都度乗り越えてきた笹木。そんな笹木の根底にある原動力は二つだ。一つは「はい上がる精神」。小学校時代、初めてチームを移り出場機会が激減した中、毎日がむしゃらに練習を重ね試合に出れるようになった。その結果、努力は報われることを身をもって体感し、「最初は大きな差を感じても自分ならやれると自分を信じられるようになった」と、どん底を味わってもはい上がってくることのできるメンタリティーを身につけられた。そして二つ目は、「好きなことで負けたくないという思い」。文武両道を求められる高校に入学する時も、レベルの高いア式に入部する時も、そして何より、笹木がこれまで下からはい上がってこれた一番の要因に、好きなサッカーをやり続けたいという強い志が存在したのだ。

 「自分が好きなことを仕事にしたい」。そのために、幼少期の頃から目指すプロサッカー選手になることは、目標の一つである。それでも、今の笹木が考えるのはア式の勝利のために何ができるか。「チームの勝利のためにやりたいという思いが今は強い。まず目の前の勝利のためにやって、その先に自分がどれだけ成長したかで、いろいろな道が見えてくると思う」。今はあくまでもア式のために戦うことが最優先。ア式に入り、活躍するためにこの6年間を過ごしてきたからこそ、ア式の1部昇格、日本一を達成するために、笹木はこれからも己の全力を注ぎ続ける。

(記事・取材 髙田凜太郎)

 

 

今後の目標を色紙に書いていただきました!

 

◆笹木大史(ささき・だいし)

2003(平15)年5月5日生まれ。177センチ72キロ。東京・早大学院高出身。商学部3年。早大学院高からの同期である石井選手と仲が良いという笹木選手。しかし、その関係は大学からで、クラス数も多かった高校時代は互いの存在を知らなかったとのこと。今では麻雀など共通の趣味で盛り上がるそうです!