こんにちは村長です!

最近ブログの方てはさだまさしのアルバム批評を続けて行っていましたが、ちょっと閑話休題して、最近のさだ研の活動についてご紹介します。

 

先月は新刊活動をいろいろ行いまして、まず4/3に千鳥ヶ淵で新歓花見をしまして、さらに4/15には新歓お食事会、さらに4/22には新歓ランチ会を開きました。

 新歓お食事会にはさだ研の名誉会員でいらっしゃるお笑い芸人・南野やじさんが来てくださいました!写真はその時の様子です。

 

そんなこんなで、今年は現時点ですでに十人ほど新入生が入り、今年はさだ研だいぶ活気付いてる次第でございます!!

 

さだ研のこれからの発動は、6/10に町ツアーと題して無縁坂や木根川橋、聖橋やスカイツリーなどさだまさしに関する場所を巡るツアーを企画しております!!

 

さだ研では年中新入生を歓迎しており、インカレサークルとなっているので学生ならばどなたでも参加できます!!

下町ツアーや、さだ研に参加して見たいという方は、お気軽に連絡してくださいね!

waseda.sadaken0410@gmail.com

前回に引き続き今回は夢供養をみていきます

 

夢供養

発売年:1979年4月10日(さだまさし27歳の誕生日)

オリコン1位

収録曲

(A面)

1. 唐八景-序

2. 風の篝火

3. 歳時記(ダイアリィ)

4. パンプキン・パイとシナモン・ティー

5. まほろば

6. 療養所(サナトリウム)

(B面)

7. 春告鳥

8. 立ち止まった素描画

9. 空蝉

10. 木根川橋

11. ひき潮

 

・全体としての感想

 個人的さだまさし最高傑作

 パンプキンパイのようなまさしんぐタウンの歌から、中学時代の木根川橋、さらに春告鳥は死ぬほど暗いし、さだまさしの天才的な作詞能力のまほろば、さらにさらに都会と地方との対比の名曲ひき潮まで、これまでのさだまさしの全ての要素が詰まったコンプリートアルバム

 このアルバムはレコードで聞くのがまた良くて、A面は唐八景から始まりちょっとお茶目な曲を経由しつつ、まほろば・療養所で締める。B面もひき潮で締める構成になっており、全体としてさだまさしコンサートの前半・後半を聞いているよう。

 

・注目する曲

4. パンプキン・パイとシナモン・ティー

 言わずと知れたまさしんぐタウンの代表曲。

基本情報

・喫茶「安眠」のマスターのモデルはディレクターの川又明博さん(川又さんはフレディもしくは三教街の名付け親)

・「安眠」の名前の由来はウガンダの独裁者イディ・アミンから。さださんは「名前がなんかかわいいから」という理由でつけた。

・「待つわ」で有名な岡村孝子・加藤晴子の「あみん」は、岡村さんがさだまさしのファンだったことから「あみん」というグループ名にした。

・2005年のアルバム「恋文」では、マスターの息子と「僕」の娘が恋をしたという設定のアンサーソング「ローズ・パイ」がある。

 

ここまでは基本情報ですね

ちょっと付加的な情報としては、

・「二丁目の交差点から17軒目で時々走って2分と15秒

  平均112,3歩目に我らのコーヒーベーカリー安眠がある」

の部分の整合性が取れていないというのは、セイヤングの時代からたびたび言われてきたことで、例えば112,3歩を2分と15秒で走ったなら、一秒間に0.83歩しか進んでいない計算になり、これは本当に「走って」いるのか疑問

 さだ研では以前、このことについて真剣に研究し、整合性を取るための「安眠関数」なるものを定義するまでに至りました。その話はいずれアップすると思います。

 

 さだ研ではこの曲にちなんで「パンプキンパイとシナモンティーを作る会」を6月ごろに催しています。関東圏の学生であればどなたでも参加できるので、気軽にお声がけください!

 

5. まほろば

 さだまさし自身、初めて不完全感がない曲と言った曲。

 確かに奈良の無常観を感じさせる曲調、歌詞も万葉集からの本歌取り、縁語、枕詞など、さまざまな表現技法を駆使しており、こんな歌詞はさだまさし以外にかけない!

 この歌の元となった万葉集の歌は、

   87 ありつつも 君をば待たむ 打ち靡く
      わが黒髪に 霜の置くまでに
     
   89 居明かして 君をば待たむ
      ぬばたまの 我が黒髪に 霜は降るとも

の2つの歌である。ここからの歌詞解釈もすごい楽しいんですけど、無限に長くなってしまうのでここでは割愛します。

 

 この歌は宮崎康平が初めて絶賛した歌だが、それと同時に聴衆がついてこないからこれ以上難しい曲は書くなという戒めも受けた。私の体感ですが、確かにこの曲より歌詞が難しい曲は作っていないと思います。

 

1500年の壮大な歴史を持つ奈良の曲であり、オペラ声調の今の歌い方が映える曲の一つでもある。

 

10. 木根川橋

 さださんの母校、葛飾区立中川中学校の近くに、木根川橋という橋があり、その近辺を舞台にした曲。

 同窓会で先生に話しかける曲ですが、その話しかけている先生は、さだまさしの中学時代の数学の先生・あだ名はロボという人です。ロボの名前の由来はカクカク動くから、そしてこの先生は試験監督とかするとす〜ぐ寝ちゃうから、試験中は回答用紙が宙を舞ったそうです。そう、最後に「なんだ寝ちまったんすか...」という部分はまさに、このロボ先生が寝ているのです。

 

 さて、木根川橋といえば、「木根川橋社長事件」という有名な話がありますね。ピアノの信田さんが社長役をやってさださんがごますり社員をするトークのあとに、木根川橋に入ろうとしたら、「先生」ではなく「社長」と言ってしまった事件。CDにはほぼ収録されていないですが、10周年のDVDなどで見ることができます。

 この事件から生まれたのが「木根川橋社長編」で、書簡集第五信ではこのような歌詞になっています。

 

「社長、俺たちの会社...すっかりなくなっちゃったんですねェ...

 それに、あの暑い夏の日に、みんなで一生懸命運んだスピーカーも...みんな抵当に入っちゃって...

社長、社長?....世間なんて...世間なんてェ.....そんなもんなんですかねェ...

♫木根川橋から〜 身を投げた」

 

11. ひき潮 

 都会と地方の対比はさだまさしの一つの重要なテーマであるが、はっきりとこのテーマを主張したのはこの曲が初めてではなかろうか。

 都会に出て人は変わっていくが、その中でひき潮のように故郷へと帰って自分を見つめ直したいという曲(だと私は解釈している)

 初期のころのさだまさし人気投票では常に上位にランクインする曲であったが、さださん自身があまり歌わなくなったためか、次第に隠れた名曲的存在になっていき、「天晴」にも収録されていない(なんでみんな投票しなかったの...)

 フルオケでやらなければいけないコストと、死ぬほど高い音があるのでさださん自身歌いづらくなって言ったのではないかと思う。(青の季節も同じような状況になりつつあるのが心配...)

 

さて、次回は音楽性の方向転換をした「印象派」について見ていきます。

 

ブログ更新が遅くなってしまってすみません💦

(テストやら課題やら実験やらもうてんやわんやで大変です...)

 

さて、これまで4回、帰去来から夢供養までさだまさしアルバム評をして来ましたが、それまでのアルバムと一線を画すのが「印象派」というアルバムです。今回はこれを考察していきます。

 

印象派

 

発売年: 1980年10月

収録曲:

 1. 距離(ディスタンス)

 2. 検察側の証人

 3. 聖野菜祭(セント・ヴェジタブル・デイ)

 4. みるくは風になった

 5. たずねびと

 6. 推理小説(ミステリー)

 7. 0-15

 8. 神話

 9. 博物館

 

・全体としての感想

 全体としてこの「印象派」というアルバムは、

  • 「神話」「博物館」のように、深層心理をとても情熱的に歌った曲
  • 「0-15」という全く新しい形のラブソング
  • 「聖野菜祭」はまさシングタウンでもないまた別の世界線にある

といったように、それまでの"私小説的"なさだまさしの音楽とは一線を画すものである。アルバム全体の雰囲気が、夢供養までのさだまさしが「水彩画」なら、印象派は「油絵」にあたると思う。

 さだまさしは常に、世間に流されず、「炭鉱のカナリヤ」のように時代の反対側にカードをはって来た。しかし、「関白宣言」という歌でさだまさし自身が"時代"になってしまった。そのため、時代の反対側に行くためには、それまでの自分から脱皮しなければいけない。そのジレンマの中で作られたのがこのアルバムであるから、それまでのさださんとは一風変わった曲を楽しめるアルバムになったのだと思う。

 

・注目する曲

1. 距離

 「都会と地方の対比」はさだまさしの一つの大きなテーマだが、ここまで直接的にさださんの意見を述べた曲は初めてだと思う。

  • 「都会は決して人を変えては行かない、人が街を変えて行くんだ」

この言葉に全てが詰まっている。さださんは常々、「東京を奇妙な街に変えてしまったのは、決して東京人ではなく、都会をのし歩く地方人だ」と言っていた。都会が人を変えて行くんじゃない、人が都会を変え、それによって「誰も彼も網棚に笑顔を置き忘れたままで 足早にあるく」、そんな殺伐とした"都会"になってしまったのだ。

 このさだまさし的な都会を見る目は、のちに「人買」「前夜」「東京」「51」など様々な曲に受け継がれて行く。

 

 

 

3. 聖野菜祭

 舞台は日本でもまさしんぐタウンでもない不思議な未来の街。身分によって「第二階層(レベルツー)」や「第三階層(レベルスリー)」に分かれて住み、食事は「練状昼食(ランチチューブ)」や「固形夕食(ディナーカプセル)」で、野菜と水がとても貴重な世界。

 そんな不思議な街の「第三階層」で暮らす一人の青年が、「第二階層」で暮らす女性と恋人になり、身分は違いを乗り越えて一生懸命生きて行こうとする姿を描いている。

  • 「戦争のない平和な街 第三階層 ああ本当に生まれて来てよかった」

と最後に語り、ハッピーエンドのように思えるが、何か大切なものが抜けて落ちているようで、少し不気味な心持ちの曲でもある。

 

 ちなみに、エンディングでアナウンスをしているのは、「朝刊」でもニュースを読んでいた田中秋夫さんであり、イントロには「朝刊」のメロディが使われている。

 

 

5. たずねひと

 印象派にはまさしんぐタウンの歌が二つあり、「みるくは風になった」と「たずねびと」である。まさしんぐタウンには、どこか青春の名残がある。この歌も、壁に書いた落書きは青春の象徴であり、行ったことはないのにどこか帰りたくなるような場所を巧みに表現している。

 ちなみに、「たずねびと」の喫茶店の前についているカウベルは、「セロ弾きのゴーシュ」の未亡人がプレゼントしたものである。

 

 

 

 

8. 神話

 ライナーノートに「何年振りかで、情念だけの歌を作りました」と一行だけ書かれていたのがとても衝撃的だった曲。

 全編にわたりギター一本で弾き語りされ、とても情熱的に深層心理が描かれている。ここまで感情的に魂の叫びにも似た感情を、ストレートに表現している曲はこれより前にも後にもない。

 「何年振りかで」と言っているということは、これ以前にも「情念だけの歌」があったということだろうか。パッと思いつくのは、「哀しみの白い影」とか「掌」とかだろうか。

 「何年振りかで、情念だけの歌を作りました」というのは、さだまさしのかっこいいフレーズトップ10に入ると思います

 

9. 博物館

 一つ目の部屋には手首の傷

 二つ目の部屋には言葉を全部閉じ込めた

 三つ目の部屋には無くした人の面影

 四つ目の部屋からは明るい色で重ねたい

 最後の部屋はお前のためにあけてある、寂しいばかりでない人生生きた証に

 

「思い出にするにはあまりに重すぎるものや、忘れ去って行くほどに軽くもないものだち」を飾っておくための博物館。そういったものを、忘れ去るのではなく、心の中に留めて明日を生きて行くための博物館と言える。

 さだまさしの感受性には常に驚かされるが、30手前の人間がここまで人生について失敗して考え、ここまで情念的な歌を書いたかと思うと身震いがするようである。

 この曲も、次の30周年のときの演奏がとても似合う曲である。