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ジョバンニ・ベッリーニ「砂漠の聖ヒエロニムス」1480-5年

ジョバンニ・ベッリーニはおとぎ話のように感じます。

 

ヴィンチェンツォ・カテーナ「エマオの晩餐」1515-20年

色が鮮やかだなと思ったらヴェネチアの画家でした。ジョルジョーネよりもジョバンニ・ベッリーニの影響を大きく受けたそう。

キリストが復活後にエルサレム近郊の町エマオにいたクレオパともう一人の弟子にあらわれますが彼らは気づかず話しながら歩き、食事に招待されていった先でパンを祝福して割いたのでキリストだと気づきます。

 

ヤコポ・バッサーノ「聖母子と洗礼者ヨハネ」1541年

 

ヴェネチア派で晩年マニエリスト。

 

ジョヴァンニ・ジロラモ・サヴォルト「変容」1530-35年

ペテロ、ヨハネ、ヤコブを伴いタボル山に登ったイエスは白く輝きモーセと預言者エリアと語りあいました。弟子たちが驚いています。

 

ジロラモ・サヴォルト「マグダラのマリア」1533年

 

ブラマンティーノ「聖母子、洗礼者ヨハネ、ジョヴァンニ・デル・コンテ、聖ヒエロニムス、聖アンブロジウス、聖ヨセフ、物乞いとトゥールの聖マルティヌスとその他の聖人」1510‐15年

ミラノのブラマンテの工房で働いていたので小ブランマンテ、ブラマンティーノと呼ばれていたそう。ジョバンニ・ダル。コンテがラッキアッレアのサンマルティーノ修道院の洗礼者ヨハネ礼拝堂の祭壇画として依頼したのではないかとのこと。

 

ティントレット「アテナとアラクネ」1575-1585年

視点が斬新ですね。

テイントレット「ヴィーナスとアドニス」1575-85年

 

フランシスコ・デ・スルバラン「聖アンソニー・アボット」1636‐40年

 

フランシスコ・デ・ゴヤ「闘牛士の肖像」1797年


ベラスケス「セビリアの水屋」1618-22年

 

エル・グレコ「ペテロの涙」のコピー1650年


ジュゼッペ・マリア・クレスピ「皿洗いの女」1720‐25年

 

アンドレア・デル・サルト「ハルピュイアの聖母」1517年

ヴァザーリが聖母の立っている台座の彫刻が顔から胸までが女性で下半身が鳥のハルピュイアだと断定しこの名でよばれますが、20年前のこちらの美術館の図録によると1984年にアントニオ・ナターリが黙示録のイナゴだと推定したそうで、黙示録を書いた使徒ヨハネが右にいるのでそんな気がしないでもありません。たくましいヨハネが素敵です。兄ヤコブとともにキリストから雷の子らと呼ばれたヨハネですがキリストの死後聖母の世話をするよう命じられてたのできっとこんな感じで頼りがいもありつつ優しいところもあったのでしょうね。右は聖フランチェスコ。

”仕立て屋のアンドレア”の代表作でフィレンツェで活躍しました。1515年フランチェスコ会女子修道会の注文で1年以内に完成させること、聖母子の脇に聖ボナヴェントゥラと使徒ヨハネを描くことと契約しましたがどちらも守られませんでした。

 

アンドレア・デル・サルト「ペトラルカによる本を持った女性の肖像」1528年


アンドレア・デル・サルト「サン・ヤコポ・デル・ニッキオの旗、二人の子と聖ヤコブ」1528年


アンドレア・デル・サルト「ヴァッロンブローザの祭壇画」


アンドレア・デル・サルト「紡錘の籠を持つ女性の肖像」1514-1515年

 

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