旅 人 | ナベちゃんの徒然草

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還暦を過ぎ、新たな人生を模索中・・・。

日本では鎌倉時代、元寇があった頃・・・西洋から東洋に長い旅を行った商人がいました。 その人の名は、

 

 マルコ・ポーロ

    Marco Polo


今日・1月8日は、この〝世紀の旅人〟の命日にあたります。

 

        


彼は1254年にヴェネチア共和国 (現・イタリア) で生まれたといわれていますが、その出自ははっきりしていません。


代々続く商家に生まれ、父親は中東貿易で財を築いたようですが、マルコはその父と叔父・マフェオと共に、1271年から東洋へに向けて旅立ちます。


元の始祖・フビライにも謁見し、そのまま元朝に仕えて官職を得るなどしましたが、その後も旅を続け再びヴェネチアに戻ったのは1295年。


総行程約15,000km、24年にもわたる長旅でした。


 

 

帰国して3年後、戦争に従軍し捕虜になるなどしましたが、釈放後は再び商人として活躍。

結婚して3人の娘にも恵まれ、1324年1月8日に病死するまでかなりの財産を残したといわれています。


そしてマルコ・ポーロといえば、何といっても有名なのが 『東方見聞禄』

 

    
             
(愛宕松男・訳 平凡社・刊 )  

 

しかしこの書物、実は彼自身が書いたわけではありません。驚き顔 エッ?

 

捕虜として収監された際に偶然同房となったイタリア人著述家、ルスティケロ・ダ・ピサが彼の話す旅の様子を口述筆記したものだとか。


残念ながら現在その原本は存在しないとのことですが・・・その内容にはビサ自身の伝聞情報が加えられて所々〝尾ヒレ〟がついているようで、しかも印刷技術のない時代の手写本だったため、多くの国で加筆されながら増え続け、現在では約140種近くの 『東方見聞録』 が存在するとか。


日本に関しては、


「チパングは、東のかた、大陸から1,500マイルの大洋中にある、とても大きな島である。 

住民は皮膚の色が白く礼節の正しい優雅な偶像教徒であっても独立国をなし、自己の国王をいただいている。

この国ではいたる所に黄金が見つかるものだから、国人は誰でも膨大な黄金を所有している。」

「国王の一大宮殿は、それこそ黄金ずくめで出来ており、各部屋の床も指2本幅の厚さをもつ純金で敷き詰められている。」

 

その他真珠が豊富に取れるが、人食いの習慣がある等と記載されているそうですが、彼自身には来日経験がないですから、中国での噂話を元にしていることは明らか。

 

〝黄金の国〟は、中尊寺金色堂の話が膨らんだものとみられますが、それにしても 〝人食い人種〟 って一体どこから出た話なんでしょうネ?

それは支那人のことなんですが・・・。うー

 

あたかも東スポや三流週刊誌の如き(?)眉唾モノの内容はともかく、西洋人の東洋に対する想像を掻き立たせ、後の大航海時代の引き金になったことは間違いないでしょう。


コロンブスも、同書を何度も読み返していたそうですし。


〝中世の国際的行商人〟マルコ・ポーロ・・・ある意味では過去最高の〝東洋の宣伝マン〟だったのかもしれません。

 

 

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