ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草

〝可憐な花々に囲まれた心温まるお葬式〟をモットーに、日々お客様のために頑張っております葬儀社ウォームハート・・・の社長、人呼んで「葬儀屋ナベちゃん」です。 毎日の仕事や、人・映画・書籍等との出会いの中で感じたことなどを徒然なるままに綴ってまいります。


テーマ:

〝SM〟とは、加虐嗜好のサディズムと被虐嗜好のマゾヒズムの頭文字を取った倒錯的プレイ全般を指す言葉。

その中のサディズムの語源というか由来となったのは、


 マルキ・ド・サド 
  Marquis de Sade,

 

であることは皆さんもご存知だと思いますが、今日はこの侯爵の命日にあたります。

 

       


サドは、1740年にパリの伯爵家で生まれました。

伯父のジャック・ド・サド修道士に教育を受けた彼は、軍人を志して七年戦争に従軍し、騎兵連隊の大佐として戦場に出ていました。

1763年に戦争から帰還直後に治安判事の娘に求婚。
しかし彼女の父はそれを断り、何故か彼女の姉との結婚を許諾。

この辺からしておかしな話ですが、彼はその姉と結婚し2男1女をもうけました。

しかしサドは異常性癖の持ち主で、物乞いをしていた未亡人を騙して暴行したアルクイユ事件や、マルセイユの娼館での毒殺未遂・変態性行為などの罪を問われ、死刑判決を受けます。

1778年にシャトー・ド・ヴァンセンヌに収監された後、1784年に有名なバスティーユ監獄に移送。

その後精神病院に移され、1790年にいったん釈放されました。

しかし1801年、彼が匿名で書いた2作品を読んだナポレオン・ボナパルトが激怒して作者を投獄するよう命じ、彼は捕らえられ裁判もないまま再び監獄へ。

2年後に精神病院に入れられ、今から203年前の今日・1814年12月2日に74歳で亡くなるまで、娑婆に出ることはありませんでした。

人生の半分近く、約30年に渡り監獄や精神病院での生活を余儀なくされた彼は、長編小説の殆どをその獄中で書きました。

背徳的、奔放かつあからさまな性描写をちりばめた作品は、19世紀には禁書扱いされ、読めたのはごく限られた人だけだったとか。


作者の精神状態を反映してか特に暴力的な描写において文法的に破綻を来してしまっているような箇所が数多いそうですが、20世紀に入ってからはシュールレアリストらに再評価され、広く出版がなされるように。

とはいえ日本では、1959年に日本で翻訳・出版された 『悪徳の栄え』(※ナポレオンが激怒した作品のうちの1つ)が猥褻文書に当たるとして翻訳者・澁澤龍彦と出版社の現代思潮社・石井恭二社長が起訴され、罰金刑を受けています。

私の手元には、その問題作(?)が。

  

正直、これを皆さん(特に女性)に読むことをオススメはしません。

どぎついというかグロテスクというか、翻訳した方はよくまぁ途中で仕事を投げ出さなかったものだ・・・と感心します。

感心のある方は、自己責任で覚悟を決めてお買い求めください。

これを読んで目覚めてしまっても、私は責任を負いかねますので。

えっ、オマエはどうなんだって?

この本を読む前から、結婚生活は毎日がSMですがナ。
うー

 

 

             ペタしてね

 

              人気ブログランキング

AD
いいね!した人  |  コメント(14)  |  リブログ(0)

ナベちゃんさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

同じテーマ 「ブログ」 の記事
最近の画像つき記事  もっと見る >>

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

    PR

    ブログをはじめる

    たくさんの芸能人・有名人が
    書いているAmebaブログを
    無料で簡単にはじめることができます。

    公式トップブロガーへ応募

    多くの方にご紹介したいブログを
    執筆する方を「公式トップブロガー」
    として認定しております。

    芸能人・有名人ブログを開設

    Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
    ご希望される著名人の方/事務所様を
    随時募集しております。