帝 王 <上> | ナベちゃんの徒然草

ナベちゃんの徒然草

還暦を過ぎ、新たな人生を模索中・・・。

今日・7月16日は、20世紀を代表する指揮者にして〝クラシック音楽界の帝王〟といわれた

 

 ヘルベルト・フォン・カラヤン 

   Herbert von Karajan

 

の命日・没後30周年にあたります。

 

       

 

過去のクラシック音楽界で最も人気のあった指揮者ですが、私自身も高校時代は部屋に彼の大きなポスターを貼っていた程のファンでした。

 

私自身が所有する交響曲・管弦楽曲のCD・レコードの過半数は彼が指揮したものであり、今まで聴いた演奏回数が最も多い指揮者でしょう。

 

それもそのはず、彼が生涯録音した総数は1,302曲もあるのですから。驚き顔

 

CDにすると500枚近く・・・録音をした期間が51年でしたから、1年で10枚ずつのレコーディング・・・クラシック以外でもこんなに多くのアルバムを残したアーティストはいないのでは?

 

数年前に、女房に内緒で購入した彼のCD-BOX(全312枚!)は、もう何回も聴いています。

※このCD-BOX購入に関する過去記事は、こちら。(↓) 

 

カラヤンは1908年にオーストリア第三の都市・ザルツブルグで州立病院の院長を務め、貴族の血を受け継ぐ父親の次男として生まれました。

 

クラリネット奏者でもあった父親が兄にピアノを習わせると、カラヤンも真似をして弾き始めたそうですが、3歳の時に彼が絶対音感の持ち主であることを知った両親は、次男を音楽家にすることを決心します。

 

地元の音楽院やウィーン音楽院 (ここではピアノ科に在籍していたものの、指導した教授の勧めで指揮科に転向) で学んだ後に20歳での時に公式デビュー。

 

当初はウルムというドイツ小都市の市立歌劇場に勤めたカラヤンは、そこでコンサートマスターと揉めてクビになりベルリンへ・・・しかしこれが、結果的にあのベルリン・フィルを指揮する幸運に結びつきます。

 

そして決定的だったのは、第二次大戦前から同フィルの常任指揮者として君臨していた大指揮者・フルトヴェングラーの死と、当初彼の後継者と目されていたチェリビダッケとベルリン・フィルの対立でした。

 

ナチ党員であったために一時期演奏活動を停止させられていたものの、1948年にウィーン交響楽団(※ウィーン・フィルではありません)の首席指揮者の座にあったカラヤンは、1955年にベルリン・フィルハーモニーの首席指揮者兼音楽総監督にも就任、以後34年に渡ってその座を守り続けました。

 

       ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-Herbert von Karajan

 

世界最高峰のオケを従えて指揮台に悠然と立つ姿はオーラを放ち、とても実際の身長が160cmそこそこだったとは思えぬ程。

 

またその演奏活動も、それまでのクラシック音楽界の常識を覆すものでした。

 

自家用ジェットを駆使して世界中を飛び回り、膨大な数の演奏会や録音をこなすカラヤンに対し、「精神性が感じられない」 と批判する向きもありました。

しかしレガートを多用し低音パートに一瞬早く音を出させるという独特の手法は、それまでにない美しいオケの響きを引き出しました。

 

来日時に上智大学のチェロ奏者だった女子大生の求めに応じて同大オーケストラの指揮を行い、たった1時間弱の指導で音色が全く変わった・・・というエピソードからも、彼の力量が超一流であったことが分かります。

 

「ソニーがCDの開発をする際、1枚に録音できる時間をベートーベンの第九が収まる長さにしたのは、カラヤンのアドバイス」 という伝説は有名ですが、残念ながらこれは事実ではないとのこと。

 

しかしそれが巷間信じられる程に、理工系の学生でもあった彼が録音技術に人一倍関心が高かったことが、音響・録音の技術開発に大きな影響を及ぼしたのは確かでしょう。

 

小澤征爾・大町陽一郎など多くの日本人指揮者を育成し、またサントリーホールの建設に深く関わった彼が亡くなったのは、1989年7月16日。

 

その日たまたま商談のため自宅を訪れていたソニー・大賀典雄社長との会談の最中に突然心臓発作で倒れ、助け起こそうとした大賀氏の腕の中で息を引き取ったとのこと。

 

一部には 「クラシック音楽を世俗化させた」 という批判もあるようですが、私には一般的に敷居が高いと思われていたクラシック音楽ファンの底辺を広げた・・・宗教に例えるなら〝大乗仏教を広めた偉大な導師〟だったと思えるのです。

 

そんなカラヤン氏について知りたい方には、2冊の本をお勧めします。

       

    カラヤン本

 

左は『クラシックジャーナル』 編集長・中川右介氏による彼の出自から足跡を辿った 『カラヤン帝国興亡史』

 

右はカラヤン来日時のコーディネーター兼秘書を務め、10年以上にわたり彼を間近で見続けた眞鍋圭子氏による 『素顔のカラヤン』

 

いずれも表舞台だけでは分かり得ぬカラヤンの人間臭さや楽団との関係、またヨーロッパ音楽界の裏面史などが描かれており、中々面白いです。

 

また彼が東洋思想の禅に通じ輪廻転生を確信していたなんて、ちょっと驚き。

 

同書をお読みいただければ、今までと一味違った感覚・・・帝王としてではなく〝人間〟カラヤンの音楽や映像を味楽しめることでしょう。

 

それでは最後に、『カヴァレリア・ルスティカーナ』間奏曲の切ないメロティーを聴きつつ、今なおCDが売れ続けるクラシック音楽界の偉大なカリスマのご冥福を、あらためてお祈り致します。笑3

 

 

 

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