RFK | ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草

ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草

〝可憐な花々に囲まれた心温まるお葬式〟をモットーに、日々お客様のために頑張っております葬儀社ウォームハート・・・の社長、人呼んで「葬儀屋ナベちゃん」です。 毎日の仕事や、人・映画・書籍等との出会いの中で感じたことなどを徒然なるままに綴ってまいります。


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今からちょうど50年前の今日・・・将来を嘱望された一人の若き政治家が凶弾に倒れました。 その人の名は、

 

 ロバート・フランシス・ケネディ 

   Robert Francis Bobby Kennedy

 

言わずと知れた、ジョン・F・ケネディ元大統領の実弟です。

 

       

 

1925年にジョンの8つ年下の弟として生まれたロバートは、兄と同じくハーバート大学を卒業。 

 

1952年にはジョンの上院議員選挙マネージャーを務めた後、上院調査委員会の下級法律顧問やマクラレン委員会の法律顧問に就任。

 

そしてジョンは大統領に当選すると、弟・ロバートを司法長官に指名。 

 

キューバ危機などの難題に兄弟で取り組むことに。
(この辺りは、映画 『13デイズ』 で描かれています。)

 

非常に正義感が強く理想家肌だったロバートは、司法長官時代に様々な悪と闘う姿勢を貫きました。

 

自らの父親が深く関わっていたマフィアに対しては、当時のNo.1ボス・マルセロを逮捕したり、チームスター組合のドン、ジミー・ホッファを起訴するなど、父の忠告を聞かずに徹底的な取締りを敢行。

 

また公民権運動に関しても、その抵抗勢力を容赦なく叩いたロバートは、政府内外に多くの敵を作ってしまいます。

 

兄・ジョンが暗殺された後、ジョンソン政権下でも司法長官を務めたロバートは、その後上院議員に出馬し当選。 

 

そして1968年には満を持して大統領選に立候補します。 

 

しかし同年6月5日、予備選の遊説を終えロサンゼルスのホテルから出る途中、厨房の通路で銃撃を受け・・・翌6日未明、志半ばで42歳の短い生涯を閉じたのでした。
 

       

               銃撃を受けた直後のRFK

 

※その狙撃の瞬間の音声と直後の混乱の様子を、こちらでご覧いただけます。(1分過ぎから ↓)


 

犯人はパレスチナ系アメリカ人、サーマン・サーマン(当時24)とされています・・・が、兄・ジョンの暗殺と同様、この事件にも多くの謎が。

 

まずサーマン自身が事件(銃撃)の記憶がないと証言し続けており、当時から 「催眠術にかけられていたのでは?」 という憶測が流れていること。 

 

それを裏付けるかのように、催眠誘導を研究していたとされるCIA工作員が、銃撃されたホテルのカメラに映っていた事実もあります。

 

そして 「彼はロバートの正面に立っていた」 という目撃証言があるにも関わらず、ロバートの銃創には、後方から撃たれたものがあること。

 

しかしそれらの疑問点がありながら、ロス市警は大量の証拠写真を焼却して早々と捜査を切り上げてしまい、結局サーマンは終身刑の判決を受けて服役。

 

その後ロバートが逮捕や起訴にこぎつけたマルセロやホッファは娑婆に戻り、何事もなかったかのように世の中が以前の状態に戻っていく中、真相は闇へと葬り去られたのです。

 

清廉なイメージがあったロバートですが、後に何人ものハリウッド女優との交際が明らかになり、兄・ジョンの交際相手だったマリリン・モンローから不倫の相談を受けている内に恋愛関係に陥り、彼女がロバートの子を妊娠したという説まで。冷や汗

更にはロバートの弟・エドワードまでもが、この翌年に〝チャパキディック事件〟を起こし、大統領への道を自ら閉ざしてしまいました。

※当該事件に関する過去記事は、こちら。(↓)

 

 

 権力・女性スキャンダル・暗殺・・・やはりケネディ家は〝呪われた一族〟の宿命を背負っているのでしょうか? うー

 

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