ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草

〝可憐な花々に囲まれた心温まるお葬式〟をモットーに、日々お客様のために頑張っております葬儀社ウォームハート・・・の社長、人呼んで「葬儀屋ナベちゃん」です。 毎日の仕事や、人・映画・書籍等との出会いの中で感じたことなどを徒然なるままに綴ってまいります。


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皆さんが英語の勉強をした際、この名前の辞書を利用したことはありませんでしたか?

 ウェブスター辞典

アメリカでは〝権威ある辞書〟の代名詞であるこの英語(国語)辞典が出版されたのが、今から190年前の今日のことでした。

 

編纂したのは、辞典にその名を残した
 

 ノア・ウェブスター
    Noah Webster
 

       

1758年にコネチカット州の農園経営者の息子として生まれた彼は聡明で、当時同州唯一の大学だったイェール大学に進学。

1778年に同大を卒業した彼は法律の道に進むつもりでしたが、経済的な問題でロー・スクールに通えなかったため、学校の教師に。
(※後に法学位・弁護士資格を取得)

教壇に立った彼は、アメリカの教育の現状・・・特に教科書を問題視。
理由は、独立後もイギリスの教科書を使っていたことにありました。

「アメリカ人ならアメリカの教科書で学ぶべき」

と考えた彼は、1783年にスペラー(綴字法)、1784年にグラマー(文法)、1785年にリーダー(読本)と3年間で3冊の教科書を執筆。

以後100年間にわたり、それらがアメリカの教科書として広く利用されました。

そのウェブスターが冒頭の辞典編纂を開始したのは、1799年・・・彼が43歳の時。
 

この辞典によって当時地域によってまちまちだったスペリングや発音・語法を標準化することを目指した彼は、複雑だったイギリス英語を簡素化すべく、

 

      colour   → color      honour → honor
      traveller → traveler      
musick → music
      centre     → center           waggon → wagon

 

等の変更を行い、これらが現代まで使われるようになりました。

更にアメリカで独自に使われている新語1万2千を加え、7万語を収録した2巻の辞典 『アメリカ英語辞書』(An American Dictionary of English Language) を1928年4月14日に出版した時、ウェブスターは70歳になっていました。

 

         

 

しかしこの画期的な辞典は、当時20ドルと高額であまり売れず、

2,500部しか発行されなかったとか。

そこで彼は更に第2版の執筆に取り掛かります。

手元資金のない彼は、自宅を抵当に入れ借金しながらも執念で編纂を続け、82歳だった1841年に5,000語を加えた第2版を出版。

それでも売れ行きはパッとせず、彼は1843年に84歳で逝去・・・自らの半生を賭けた大事業の成功を目にすることはできませんでした。

しかしこの辞書はその後も何度か改訂を加え、現在でもアメリカの辞書の元祖として多くの国民に利用されているのです。

ウェブスターの名を冠した海賊版が出るほどに・・・。

 

もし今後ウェブスターの辞書をお使いになる機会があれば、アメリカの教育・言語界に多大な功績を残したウェブスターの顔を思い出してください。笑3

 

 

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