眼 光 | ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草

ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草

〝可憐な花々に囲まれた心温まるお葬式〟をモットーに、日々お客様のために頑張っております葬儀社ウォームハート・・・の社長、人呼んで「葬儀屋ナベちゃん」です。 毎日の仕事や、人・映画・書籍等との出会いの中で感じたことなどを徒然なるままに綴ってまいります。


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江戸時代から明治時代に切り替わる直前、新政府軍率いる西郷隆盛と幕府軍の代表・勝海舟が江戸城で談判し、徳川慶喜の切腹回避と備前藩預かり、幕府軍の軍艦・武器を新政府軍に引き渡し江戸城を開城することで合意がなされ、江戸の街が戦火を回避できたことは、皆さんもご存じでしょう。

しかしこの合意は、このトップ会談の5日前・・・すなわち今からちょうど150年前の今日・1868(慶應4)年3月9日に駿府城で行われた、山岡鉄舟(鉄太郎)と西郷隆盛による会談で道筋がつけられていました。

 

 

 

幕府の命運を一身に背負った身長188cm・体重100kg超という巨漢の鉄舟が単身駿府(現・静岡県葵区)に乗り込み、新政府軍が警備する駿府城内に

 「朝敵徳川慶喜家来、山岡鉄太郎まかり通る!」

と大声を発しながら堂々と歩いて西郷に会いに行った・・・という逸話は有名です。

 

西郷隆盛をして

 

「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」

 

と賞賛された山岡鉄舟。 その彼をして

「邪悪なる男に非ず。 禅に於いては天地同体の理を悟了している。」

と言わしめた西郷隆盛両名が双方の胆力と人間性をぶつけ合い、そして腹の中を読み切った上での会談が江戸城無血開城へと繋がったことは間違いありません。

 

単身敵地に乗り込んだ鉄舟の豪胆さに敬意を表しつつ、彼に関する著作の中から侠客・清水次郎長との会話をご紹介します。

        
        『山岡鉄舟』 (小島英熙・著 日本経済新聞社・刊)

 

『咸臨丸事件』 で絶命し清水港に浮かぶ戦死者を引き上げ、彼らの菩提を弔ったことをきっかけに、山岡鉄舟と昵懇になったいう静岡の侠客・清水次郎長。

 

彼がそれ以降、鉄舟から薫陶を受けたことによって、単なる任侠から社会実業家へと脱皮していきました。

 

そんな二人が東京・四谷の山岡邸で、ある時こんな会話を交わしたとか・・・。  

          ◆     ◆     ◆     ◆          

 

次郎長が話を切り出します。

 

「先生、撃剣なんて大して役に立たねぇもんですね。」

 

「どうして役に立たぬな」

 

「そりゃ、ワシの経験ですがね。 わっしが刀を持って相手に向かう時はよくケガをしたもんですが、刀を抜かずに〝この野郎!〟と睨みつけると、大抵のヤツは逃げちまいますョ。」

 

「そういうこともあろう。 それでは、お前はそこにある長い刀でどこからでも俺に切りかかって来い。 俺はこの短い木太刀で相手をしよう。 もし俺にかすり傷ひとつでも負わせたら、お前が勝ったことにしてやる。」

 

負けぬ気の次郎長は、しばらく端然と座っている鉄舟を睨みつけていたが、

 

「これはいけねぇ。 どうしてもお前さんにはかなわねぇ。 

このすくんでしまう気持ちはどうしたわけだろうね。 

先生には分かっているだろうから教えておくんなさい。」

 

「それはお前が素手で、この野郎!・・・と相手をすくませるのと同じことだ。」

 

「それでは、わっしが素手でこの野郎!・・・と相手を睨むと、なぜ相手がすくむんですかね?」

 

単純な次郎長は一心に追求していく。 

師匠は楽しそうに諄々と言葉をついでいる。

 

「それは、お前の目から光が出るからだ。」

 

「撃剣を稽古すれば、余計出るようになりますか?」

 

「なるとも! 目から光が出るようにならなけきゃ偉くなれねぇ。」

  

そう言うと書の達人・山岡師匠は画箋紙に

 

 〝眼不放光輝 非大丈夫〟

 ( 眼 光輝放たざれば、大丈夫〔立派な男子〕にあらず )

 

と大書し与え、次郎長はこれを表装して床の間にかけたという。

          ◆     ◆     ◆     ◆

 

人が人を触発・成長させる・・・彼らの如く、火の出るような交流ができる師・友人を得たいものです。笑3

 

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