2番手 | ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草

ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草

〝可憐な花々に囲まれた心温まるお葬式〟をモットーに、日々お客様のために頑張っております葬儀社ウォームハート・・・の社長、人呼んで「葬儀屋ナベちゃん」です。 毎日の仕事や、人・映画・書籍等との出会いの中で感じたことなどを徒然なるままに綴ってまいります。


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今日・1月11日は、人類で初めて世界最高峰のエベレスト登頂に成功した登山家

 エドモンド・ヒラリー卿

  Sir Edmund Percival Hillary

 

の命日・没後10周年にあたります。

       

ヒラリー卿は、1919年にオークランドで生まれたニュージーランド人。

父親は養蜂業を営んでおり、意外にも幼少期は虚弱だったという彼は、仕事の手伝いで重い巣箱を運んでいる内に心肺機能が鍛えられ、これが後の登山に役だったとか。

高校時代に身長195cmまで成長した彼は、エンジニアを目指してエドモントン大学で数学・理学を専攻したものの、2年で中退。

弟と共に実家の養蜂業に従事しますが、第二次世界大戦に従軍後帰国した彼は、やがて高校時代に魅せられた登山にのめり込みます。

28歳の時にニュージーランド最高峰のクック山(3,724m)登頂に成功した彼は、1951年にニュージーランド・ガルワール・ヒマラヤ探検隊、同年に英国エベレスト偵察隊、そして翌年にはヒマラヤのチョ・オユー(標高8,201m)英国探検隊のメンバーに選出されます。

そして1953年、イギリスが威信を賭けて登山家15名・ポーター362名・シェルパ20名の総勢400名という大規模なエベレスト登山隊を組織し、そのメンバーに選ばれたのがヒラリーとテンジン・ノルゲイでした。

実はこの2人、エースではなく2番手のアタック隊。

しかし28日に最初にアタックをしたイギリス人のエヴァンス副隊長とボーディロンのペアは頂上まであと91mの地点で酸素ボンベが故障し、止む無く断念。

そこで隊長ジョン・ハント大佐の指名により、同日ヒラリーとテンジンが出発。

同日最終キャンプを設営した2人は、翌29日に頂上アタックに成功。見事人類で初めて世界のてっぺんに立ったのです。
 

    

                ヒラリー(左)とテンジン

この歴史的快挙はすぐに世界中に発信され、2人は超有名人に。

そしてエリザベス女王より登山隊37名に対し戴冠メダルが授与され、翌6月にはヒラリーに対し大英帝国勲章ナイトの勲位が授与され、サーの称号が。

更に母国ニュージーランドの5ドル紙幣には、存命中から彼の肖像画が使われましたから、まさに国家的英雄となりました。

もし1番手のペアが成功していれば、勲章はおろかヒラリーの名は歴史に残らなかったはず。

 

幸運の女神に微笑まれた、としか言いようがありません。

その後も1958年にはトラクターで南極点に到達、1985年には初めて月着陸に成功したアポロ11号のニール・アームストロング船長と共に雪上機で北極点に到達するなど探検を行う一方、1985年から4年半にわたり駐インド高等弁務官を務めるなど活躍。

しかし一方で1975年にネパールにいる彼の元を訪れようとした妻と次女を飛行機事故で亡くす不幸にも見舞われています。

晩年は故郷で再び養蜂業を営んだ彼が心臓麻痺により88歳でこの世を去ったのは、2008年1月11日のこと。

同月22日には国葬が営まれました。

世界各国が最高峰の初登頂を目指し何人もの登山家が命を落とす中、何を思いどうやって成功に漕ぎ着けたのかは、彼の著書

 『ヒラリー自伝』 (草思社・刊) 
 

を読むと、よく分かります。

      

同書には、エベレスト登頂を含めヒラリーの半生が克明に記されております。

よくもまぁこれだけ詳細に憶えているものだと感心させられますが、その記憶力の良さも彼の成功の大きな一因なのでしょう。

またテンジンの力量と人間性を高く評価していたことも分かります。

パートナーとの相性・信頼関係も成功の秘訣であることをで、再認識させられました。

とは言え、私を含め登山をしない人には、なかなかその苦労が実感できません。

ということで、彼らの登頂成功を映像で観られる映画をお勧めします。

 『ビヨンド・ザ・エッジ 歴史を変えたエベレスト初登頂

 

      

2013年に公開された同作は、さすがにエベレストでのロケは出来なかったものの、CGで描かれた風景は非常に美しく、また当時の登山の様子を忠実に再現し、当時の映像やヒラリー本人や関係者の肉声を織り交ぜた、半ばドキュメンタリー映画と言えます。

エンタテイメント性はないものの、彼らの決死のアタックが忠実に描かれています。

「頂上付近では、15回呼吸しても1歩歩けるかどうか。」

「当時は精鋭の登山家やシェルパが13人も死んでいて、成功者は0。

そもそも頂上の環境に人体が耐えられるのどうかすら分かっていなかった。 それは即ち宇宙を目指すのと変わらない。」

という証言は、いかに過酷なチャレンジであったかを物語っています。

ヒラリーとテンジンの初登頂以降、現在までの登頂者数は5,000人以上(日本人は200人以上)を数え、頂上付近では順番待ちの渋滞が起きるようになったエベレストですが、それはヒラリーら先人たちが開拓したルートと進歩した装備のおかげ。

この映画を観返しつつ、あらためて前人未到の頂点を目指した彼の勇気に敬意を表したいと思います。

 

 

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