モンロー | ナベちゃんの徒然草

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還暦を過ぎ、新たな人生を模索中・・・。

・・・と言っても、残念ながらマリリンの話題ではありません。

今から196年前の今日・1823年12月2日に、アメリカ合衆国第5代大統領ジェームズ・モンローが年次教書演説で唱えたのが

 モンロー主義(宣言)
    Monroe Doctrine

でした。 皆さんも学校でさらっと教わった記憶がおありだと思います。

 

     

                 James Monroe

 

19世紀前半、中南米各地で独立運動が起き始め、それを抑えようとするスペインと、同地域から資源を輸入し工業製品を輸出しようと目論み独立を支援しようとするイギリスが互いに牽制し合っていました。

またロシアがアラスカを起点に南下政策を取る気配も・・・。

 

※当時まだロシア領だったアラスカに関する過去記事は、こちら。(↓)
 

それを見据えた上で、モンロー大統領が発した同宣言の概要は、以下の通り。

 

◆ アメリカは、新世界でヨーロッパ強国が所有している植民地に

  干渉しない。

 

◆ ヨーロッパ強国がその君主制の制度を西半球のいかなる地域に

   せよ広げようとすることは、我国の平和と安全にとって危険な

   ものと見做す。

 

◆ 既に独立を達成した国を圧迫するヨーロッパ諸国はアメリカに
  対する非友好的な意向を示すものと見做す。

 

◆ アメリカ両大陸は今後、ヨーロッパ強国によって将来の植民の

  対象と考えてはならない。

   また合衆国としては、ヨーロッパの事態に干渉する意図はない。

つまりヨーロッパ諸国に対し、

「もうアメリカ(大陸)のことは放っておけ。 こっちもお宅らのやる事に関知しないが、ちょっかいを出したらやり返すぞ!」

即ち、アメリカの縄張りには手を出すなと半ば脅迫したようなもの。

 

          

                 宣言文の一部

 

こうやって外敵から身を守る反面、この宣言を出してから7年後の1830年にはインディアン移住法を定め、移民してきた白人が先住民族を粛清し始めたのです。

 

そしてインディアン掃討が完了し、入植者がアメリカ全土に入ったことを受けて国勢調査局が〝フロンティア消滅宣言〟を出してからは、モンロー宣言を放棄。

1898年にはキューバ・フィリピンの領土をスペインと争った米西戦争を起こし、同年にハワイを併合するなど、一転して領地拡大路線に舵を切りました。

こういう歴史を振り返ると、自分の身が危なくなったら外敵の侵入を防ぎ、国内を食いつくしたら外に出る・・・という、大国の我儘・自分勝手ぶりが良く分かります。

歴史は繰り返すと言いますが、かつてのアメリカと同じく国内を平らげて外地侵略を目論む大国がすぐ近くにあることを、日本人はしっかりと認識すべきでしょう。

 

でも同時に我が国もこれくらい強気な外交交渉をすべきだ、とも思いますが・・・。うー

 

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