僕は毎日満員電車に乗っている。
もちろん会社に向かうためだ。
ある時その満員電車に乗っていると向かいに立っていた女子高生がこちらに振り向き睨んでいた。
どうやら僕を痴漢と間違えたようだ。
僕はサッパリ分からなかったが、潔白であることをなんとか証明しなければならない。
そしてあることに気がつく。僕は首を横に振り顎で上を見るよう促した。僕の両手は天に向かって高く掲げられているからだ。
女子高生は怪訝そうにゆっくりと上を見ると僕の両手を確認した。恥ずかしそうに顔を赤らめ『申し訳ありません』といった風に頭を下げていた。僕は微笑み返す。
一体何が彼女を勘違いさせたのか気になり下を見ると、それは誰かのビジネスバックのようなものだった。
僕はこうして痴漢の冤罪というものが作りあげられるのだな、と思った。
あのまま彼女が悲鳴を上げ、『この人、痴漢です』と僕を指差していると次の駅で僕は降ろされ駅員室に連行されているところだ。そして僕の両手が天高く掲げられていたことを誰も覚えてはいないだろう。僕の両手はビジネスバックの変わりに罪を被り、めでたく無罪は有罪に成り代わってしまう。それより僕の両手は上にじゃなく、後ろに回っているのだ。
僕はその両手を見つめて自分の人生がどうなるのかとしばらく考えてみた。
恐ろしく暗い部屋に閉じ込められてしまうようであり、あるいは明るいが誰にも相手にされないようでもある。
そんな世界は僕の知る限りどこにもない。そんな場所に入れられてしまうのだろう。
あの後ずっとそんなことを考えていた。
会社の昼休みにそのことを話すと彼女は『危なかったわね。だけど、満員電車は毎日やってくるのよ。危ないわ』彼女はご飯を食べながら淡々と話していた。むしろ興味がない、といったように。
『だから家に来たらどう?家からなら自転車で通えるし』
箸を止めて僕の方に向きなおす。
『ねえ、どう?』
僕は身じろいだ。
『だ、だけど、君は女の独り暮らしだろ?そんなのよくないよ。好きな人同士なら分かるけど』
彼女は僕の言葉を遮るように『私はあなたのこと好きよ』と止めていた箸を動かしながら、また淡々と話した。