2012年02月04日

 新生児に母乳をいかに与えるかは、表立っては見えにくいですが、医療界では真剣に議論されてきた経緯があります。臨床賛否両論では、このテーマで特に判断が分かれる出産から退院の頃までの産直後の対応を取り上げました(臨床賛否両論 母乳論争、くすぶる産直後問題 補足は最小限か、母乳不足ならば直ちに人工乳の補給か)。

 今、日本小児科学会では「産直後は基本的に母乳のみを与え、栄養補足は最小限」といった考え方を推進しています。「母乳推進は小児科医の責務」と明記した2008年発表の「マニフェスト」に基づいて、2011年8月、学会の栄養委員会と新生児委員会は「小児科医と母乳育児推進」と題した報告を出しました。ここで母乳の割合を「できるだけ多くするのが理想」と明記し、「乳汁のソースができる限り母乳となるように小児科医が支援していく」と強調。基本的に母乳のみで産直後の栄養を補給したいと考える医師の一人として、今回の記事では宮城県のさかいたけお赤ちゃんこどもクリニック院長の堺武男氏が考え方を説明しています。

 一方で「低血糖の懸念から母乳不足なら直ちに人工乳」との立場を取るのは、山形大学小児科教授の早坂清氏です。母乳育児を実践するにしても、産直後の母乳の不足時には「完全母乳栄養にこだわる必要はない」という考え方です。「人工乳を与えるのを躊躇しない」という立場を取ります。「問題が起きてから『たまたま運が悪かった』で済まされる問題ではない。安全育児を第一として、母乳が不足していると分かった時点で速やかに人工乳の補足を行うべきだろう」と話しています。

 新生児の栄養法として、母乳のみを補給する考え方が理想に近いか、母乳不足と見れば直ちに人工乳を補給する考え方が理想に近いか。これまでの臨床経験、最近の研究結果、周辺の医療機関の取り組み、自らの育児経験などに照らしてご確認ください。

◆記事はこちらからご覧ください。

~母乳を最優先に与えるという考え方~

基本的に母乳のみ
「産直後72時間の栄養方法がその後の完全母乳成功への鍵」と考える、さかいたけお赤ちゃんこどもクリニック(宮城県)の堺武男氏。
 「出産から退院するまでの72時間程度は、基本的に母乳のみで新生児に栄養を与えるのがよい。場合によっては糖水などを補足することもある」。宮城県さかいたけお赤ちゃんこどもクリニック院長の堺武男氏はこう説明する。

学会も後押し
 産直後の新生児に最優先で母乳だけを与えようと取り組む考え方は、日本小児科学会の委員会も後押しするものだ。学会の「母乳推進は小児科医の責務」と明記した2008年発表の「マニフェスト」に基づいて、2011年8月、学会の栄養委員会と新生児委員会は「小児科医と母乳育児推進」と題した報告を学会誌に掲載した。委員会は、母乳育児を積極的に推進する重要性を強調している。

 母乳育児の一つの理想形は、新生児期の栄養の100%を母乳で賄う「完全母乳」の実現だろう。母乳栄養の定義について報告では、「直接搾乳や経管栄養などの投与方法に関わらず乳汁栄養のソースが母乳である」と位置付けている。母乳育児は栄養に占める母乳の割合によって大きく3種類に分かれており、生後にビタミン、ミネラル、薬を除いて母乳以外を与えないのは「完全母乳栄養」、母乳の割合が20%から80%は「混合栄養」、20%未満は「人工栄養」となっている。その上で、報告では、母乳の割合を「できるだけ多くするのが理想」と明記している。推進役として期待するのは小児科医で、「乳汁のソースができる限り母乳となるように小児科医が支援していく」と重要視している。

 母乳育児を進める上で、大きく考え方が分かれるのは産直後の対応である。

 産直後は母乳が出にくい場合も多い。「スタートダッシュが肝心」と産直後の授乳を重視して、その後の母乳の分泌を促進しようという考え方に立つ医師も多いだろう。「産直後は可能な限り母乳だけを与えたい」と考える医師の一人が堺氏だ。これまでも産直後は糖水や人工乳を不要と判断できる時はできる限り使わないよう心掛けてきた。

 学会の報告でも母乳を最優先にする見方を明示している。

 母乳育児を定着させる鍵となるのは「出生以後早期」と説明する。

 重要なのは、まず産後30分以内に初回授乳すること。委員会では、「出生後早期にホルモン分泌が進むと、母乳の出は良くなる」と生理学の観点から解説している。母乳分泌を促す上で、新生児が乳頭を吸う刺激が重要になる。刺激は脳の下垂体に作用し、下垂体の前葉から乳汁分泌を促すプロラクチンが分泌される。プロラクチンは母性行動を起こさせる作用もある。さらに下垂体後葉から同様に乳汁分泌を促進するオキシトシンが分泌される。

 委員会の報告には、新生児の出生後は2時間ほど温かいタオルにくるんで、母親が抱いて過ごすのが望ましいと記載。新生児が30分以内に母親の乳首を探し始めるので、吸えるようにすると勧めている。産直後の授乳には、母子が密着する利点も報告は指摘する。精神的なつながりが生まれるほか、母親の皮膚常在菌の移行による感染予防の効果もメリットとして挙がっている。

 堺氏は、「健全な母子関係の確立にとっても、産直後の母乳育児は大きな意味を持つ」と考えている。

 さらに、引き続き生後24時間も重要な時期となる。委員会の報告では、「生後24時間までの授乳回数が7回から8回以上あれば、母乳の分泌が良くなり、新生児黄疸の程度が軽減する」と重視する。いつでも授乳できるようにするため、生後は終日、母子同室が必須とも勧めている。

異種たんぱく質は避ける
 「母乳をうまく出すために、産直後72時間くらいは基本的に糖水や人工乳の使用は控えるべきだろう。母乳だけを新生児に与えられるよう頑張ってほしい。新生児にとっても無理なく実践できると考えている」と堺氏は説明する。

 新生児はグルコースを含む母乳からエネルギーを得るほか、糖新生や解糖、アセトン、アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸といったケトン体の合成により自らエネルギーを作り出せる。母乳由来のエネルギー源が出生後に不足していても、新生児ならば十分にエネルギー源を自ら賄えると堺氏は考えている。

 しかしながら、「いたずらに母乳以外は決して与えないことに固執すべきではなく、補足が必要な時もある」とも語る。体重減少率が10%となった場合、脱水が見られた場合、発熱がある場合など、新生児の状態を見ながら糖水を基本としてエネルギー減の補給も考慮に入れる。堺氏はほとんどの場合は母乳だけの栄養源で問題はないと考えている。「補足が必要な時も10mLから20mLと最少量とし、児の吸啜(きゅうてつ)意欲を損なうような量の補足は行わないことがその後の母乳育児の確立に重要である」(堺氏)。

 人工乳の補給は異種たんぱく質であるため、アレルギーを引き起こす懸念を学会も指摘している。学会委員会の報告では、「新生児に異種たんぱく質を与えることにはアレルギーの問題もあることから、人工栄養を第一選択とすることには慎重でなければならない」と記述する。

 母乳育児のメリットは報告済み。必要な栄養が過不足なく与えられる点、母子関係の確立を促す利益に加え、子供の発達への好影響、生活習慣病の予防、感染免疫力の向上、アレルギーの抑制などの効果もあるとの報告もある。堺氏は「目標は産科入院中に母乳育児が確立され、その後も多くの医師が母乳育児の継続を支援していただくこと」と望んでいる。

~母乳不足の場合直ちに人工乳に変える考え方~