「今の医療システムは完全に崩壊している」- 医療法人KNI理事長・北原茂実氏に聞く◆Vol.1

社会の構造改革をベースにした医療改革が必要

2011年3月9日 聞き手・まとめ;橋本佳子(m3.com編集長)

 東京都八王子市で北原国際病院(旧:北原脳神経外科病院)などを経営する、医療法人KNI理事長の北原茂実氏は、このほど『「病院」がトヨタを超える日』(講談社+α新書)を上梓した。副題は、「医療は日本を救う輸出産業になる!」。これは北原氏の従来からの主張で、既に中国・上海でクリニックを運営、現在はカンボジアの首都プノンペンで、医科大学と附属病院などの設立を計画している。
 「カンボジアに日本のハブを作ることを目指す」と語る北原氏に、本を書いた狙いやカンボジアプロジェクトの構想などについてお聞きした(2011年2月15日にインタビュー。計5回の連載)。


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北原茂実氏は、「今の国民皆保険は、裕福な人が得をする制度」と指摘する。
 ――先生は、「いい医療を1円でも安く」という理念で病院を運営し、医療を産業化する必要性なども主張されてきました。改めて、この本を書かれたきっかけをお聞きします。

 私たちは現在、カンボジアで総合医科大学などを作る構想を進めており、本を書いたのは、このプロジェクトを仕掛けるためです。まず来夏を目指しプノンペンに救命救急センターを作る予定で、テレビなども既に継続取材に入っている。しかし、テレビは、例えば1時間番組でも自分の会話が出せるのは、せいぜい2、3分。ドキュメンタリー番組でも、十分には真意が伝わらない。ならば、あらかじめ私の考えを本にまとめておけば、誤解を招くことはないかと。

 ――本は、先生の病院や八王子という地域での取り組み、あるいはカンボジアのプロジェクト、さらには日本の国民皆保険についても言及するなど、多岐にわたりますが、その中で一番訴えたかったのはどの辺りでしょうか。

 まずは今の日本の医療システムは完全に崩壊していること。国民皆保険は、第2次世界大戦の後、GHQの誘導によって導入された。戦後の日本は、今のカンボジアと同じような状態だった。医療も何もなく、乳幼児死亡率も高く、発展途上国だった。そこでGHQが医療を導入し、先進国に近づけるためにはどうすればいいか、つまり、発展途上国において医療を普及させるためにはどうしたらいいかを「実験」するために考えたのが、このモデル。

 確かに、非常に良くできていて、成功した。この国民皆保険は、人口構成がピラミッド型であり、経済は成長し、病気になる人は少ないことが前提条件になっている。

 ――しかし、その前提条件が変わってきた。

 多くの人は、「世界に冠たる国民皆保険」「これは日本の独創であり、こんないいシステムは日本にしかない」「欧米諸国にはこのような素晴らしい保険システムがないので、苦労している」と思っている。しかも、「戦後、ずっとうまくいったのだから、これからもうまくいくはずだ」と考えている。もっと問題なのは、「うまくいっていない」ことは分かっていても、その対応が分からないから、しがみついている。要するに、非常に保守的になっているのが今の状況。

 しかし、「基本的には発展途上国において応急処置的に導入されたモデルだから、第2次世界大戦時代、既に先進国だった欧米諸国はこのモデルは初めから眼中になかった」ということが、日本人には理解されていない。

 今の日本の国民皆保険は、先進国においては、「害をなすシステム」である上、保険とは言えないことも、分かっていない。「お金をかければ、自分たちが困った時に何とかしてもらえる」のが保険。ところが、若い人は病気にあまりならないから、保険料は高齢者の医療に使われてしまう。自分たちが病気になる頃には、財源がなくなる。つまり、自分が使えないのに保険料を払っており、基本的に保険としてのメカニズムが壊れている。団塊の世代が病気になる世代になれば、さらに保険のメカニズムは崩れる。

 もう一つの問題は、この国民皆保険は、裕福な人が得をするシステムであること。それは診療報酬で単価が決められているから。どんなに裕福な人であっても一定額を払えば、医療を受けられる。米国のように高額な保険料や請求を恐れることはない。一方、本当に貧しく、保険料を払えなければ保険資格を取り消される。大阪府の東大阪にある病院が調べたら、自院の患者さんの26%は国民健康保険料を支払えず、被保険者資格を取り上げられていた。こうした人たちが医療を受けようとすると自費で払わなければいけない。本当に貧しい人たちは、今、保険から追い出されている。セーフティーネットに全然なっていない。裕福な人を保護するためのシステムにしかなっていない。

 ――国民皆保険が成り立っていると考えるのは、幻想だと。

 「保険」でもなく、セーフティーネットにもなっていない。本当に困った人に対しては、税金で保障するのがセーフティーネットでしょう。ということは、税収が必要であり、どのようにして税収を上げるかを考えなければいけない。では、欧米先進国では何が起きているか。

 ――高い国民負担を求めている。

 スウェーデンやデンマークなど、高い経済成長率を保っているところは、「高福祉、高負担」で税金が高い。国民負担率は70%程度と高い代わりに、社会保障を充実する。そういう形でしかあり得ない。

 要するに日本は、幻想を捨て、一から考え直さないと、このままではうまく行かない。政府、医療経済学者、評論家がいろいろ言っているけれど、我々は医療をやっている当事者だから、この今のシステムの問題点は誰よりも良く知っている。しかも、その解決方法も誰よりも知っている。

 ――医療は、現場の医療従事者が動かすものだと。

 そう。さらに重要なのは、医療は単体では存在し得ないということ。医療は基本的には税で見るべき。医療保険と言っているけれども、形式からすれば、保険料は目的税。

 要するに、医療保険制度の崩壊とは、国の崩壊。税体系そのものが崩壊してしまったという意味だから。「社会保障と税の一体改革」などと言うなら、「消費税値上げ」なんて議論は出てこないはず。保険料が目的税なのに、消費税を医療目的税として導入するのはあり得ない。効率が悪くなるから、一つの目的で、二つの目的税は存在し得ない。税は構造的に、単純であればあるほど、ランニングコストは減り、効率的になる。こうしたことも含めて、根本的にすべてを考え直さなければならないのに、「医療は医療の問題」だと思っている。

 皆はお金がないから医療が崩壊していると思っている。それはもちろん、一つとしてある。しかし、もっと重要なのは、社会が崩壊しているということ。医療問題を考える時には、国の経済のあり方、人間の物の考え方、社会のあり方、すべてを含めて考え直さないといけない。

 ――「社会が崩壊」とは、例えば、どんなことでしょうか。

 2009年度の高齢者に対する虐待の相談・通報件数は、1万6000件近く。その中で32人が死亡している。こうした事実はあまり知られていない。乳幼児虐待だけが問題になっているけれども、実は高齢者に対する虐待の方がはるかに多い。

 昔は大家族で、互いに面倒を見ていた。ところが、都市化にしたがい、産業構造が変わり、核家族になる。高齢者を見るにも、病院も施設も足りず、国は「在宅」と言っているが、人手が足りない。無理なところに、どんどん押し付けてくる。お金がないと、個人の責任を問うような形になる。その結果、何が起きるか。皆の余裕がなくなり、高齢者の面倒を見るとか、そうした発想がなくなっている。だから虐待なども起きる。そうしたことも含めてすべて一から考え直さない限りは、ダメ。財政改革とか、そうした問題ではない。社会の構造改革がベースになければ、医療の改革はできない。

 もともと医療は、行き倒れた人を教会が面倒を見る、家族が面倒を見るといったところから発展してきた。その中に、“技術”が入ってきて、その部分だけがビジネスになってしまったのが今の問題。基本的には、医療はそれでやっていけるはずがない。もう1回原点に戻って、教育や農業、社会の再生、税の一体改革、そうしたことを含めて、全部考え考え直さないといけない。こうしたことを問いたかったのが、この本。非常に難しいと言えば、難しい問題。それをどう解決し、システムとして構築していくか。その際に一番いいモデルになるのがカンボジアです。


カンボジアに日本の「ハブ」を作る- 医療法人KNI理事長・北原茂実氏に聞く◆Vol.2

「一億、総ユダヤ化」発想、企業も若い人も海外へ

2011年3月11日 聞き手・まとめ;橋本佳子(m3.com編集長)


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 ――カンボジアが、医療、社会の諸問題解決のモデルになるのはなぜでしょうか。

 私がカンボジアに作ろうとしているのは、「ザ・ジャパン」。つまり、日本の「ハブ」。医療と教育を中核として、理想的な街、理想的なシステムの構築を目指す。


この5月くらいに、プノンペンで関係者が出席するセミナーを開催する予定だという。

 日本人が一番苦手としているのは、システムとして物を考えること。これができないと、「医療が、社会が」という前に、日本が崩壊してしまう。

 海外の人から見れば、日本を救う方法は三つある。一つは、移民を受け入れる、要するに市場を拡張する。もう一つは、出生数を増やし、人口を増加させる。最後は生活水準を落とす。これらは先進諸国が皆直面している問題であり、ドイツでは、トルコ系の移民が人口の30%くらいを占めている。有名な教会のある街に、ものすごく高いモスクができている。そうなると、社会にはいろいろな摩擦が生まれる。日本は、移民の受け入れに、いろいろな面で向かず、消極的。出生数の回復も難しい。

 しかし、私はこの国が生き延びる方法はあると思っている。それは「一億、総ユダヤ化」。企業も、若い人も海外に出る。例えば、カンボジアに日本の「ハブ」を作る。医療施設や企業が、技術を移植し、様々な資源、現地の若い労働力、安い土地を使う。そこで日本の技術を使ってモノを作る。東南アジアには、広い市場がある。

 一方、日本では比較的高齢者が中心となり、農業立国としてやっていく。農業はどこででも可能なわけではない。技術だけでなく、絶対的に必要なのは、いい土地、いい水、いい空気。それが残されているのは、四季があり、非常にいい環境に恵まれている日本。ここで徹底して農業をやる。自然を残し、観光立国にする。あと日本に残すものは、ゲノムの解析とか、高度な技術開発。若い人は、海外で仕事をし、海外で得た利益は日本に送金する。高齢者は引退したら、皆、日本で暮らす。こうした考え方が日本が復活するための一つの方法だと思っている。

 これを仕掛けるためには、医療、教育、農業が中心となり、まず進出する必要がある。いい医療、いい教育、いい食べ物があれば、日本人は生きていける。そこで社会を作りながら、現地に同化していく。こうした考え方が非常に重要になってくる。それがカンボジア、ラオス、ミャンマーの社会開発につながる。

 ――そもそも先生がカンボジアに行き始めたのは、いつぐらいからでしょうか。その前には、タイにも行かれていました。

 本格的に活動を始めたのは2年ぐらい前から。これから7年後に、プノンペンに日本の「ハブ」を完成させることを目指しています。その中核になるのは総合医科大学と大学院、研究施設、1000床クラスの高機能病院、医療関連施設や研究所、企業など。そのほか、アウトソーシングを引き受ける企業、例えばリネンサービスや給食サービスなども含めて。全部集中させて一つの街を作る。そこには保育所をはじめ、教育関連の施設も作る。IT企業も入れて、大容量の光ファイバーも入れ、スマートシティー的な実験をする。これが今回のプロジェクトの基本的考え方。今回の本(『「病院」がトヨタを超える日』)をきっかけに、多くの企業が関心を示し始めた。というか、一つの街、国づくりを進めようとしているのだから、今回のプロジェクトに関しては、行政、政府も含めて多くの関係者に乗ってもらわないといけない。

 カンボジアという国で日本の「ハブ」ができれば、例えば、一定の周波数帯の電波を独占することができる。あるいはITインフラを押さえてしまうとか。こうしたことが全部できれば、まさに日本の「ハブ」。

 これは勝負であり、できなければ、日本は未来永劫、この1億3000万人の市場の中に閉じ込められてしまう。東南アジアの市場は約5億人。中国がだいたい14億人、インドには12億、13億人の市場がある。中国やインドは、東南アジアを飲み込もうと考えている。そうすれば20億人市場が誕生する。これは極めて大きい。けれど、それに日本は気が付いていない。

 日本は、東南アジアや中東に、インフラをパッケージ輸出したり、水ビジネスを展開するとか言っている。東南アジアはまだいいけれど、軍事力がない国は絶対に中東に進出できない。中東に進出できるのは軍事力を持つのが前提であり、あの地域でオイルビジネスができるのは、ロシア、米国、中国くらい。要するに、いざとなったら、軍事力で抑えることができる国でないと進出できない。

 そうではなく、今、我々がやらなければいけないのは、非常に文化圏が似ていて、距離的にも近い東南アジアに対して、ハードではなく、ソフトで進出すること。ハードで進出することに比べたら、はるかに投資が少なくて済み、日本でなければできないことも多い。単にプラントやダムを作るなら、はるかに安いコストで作ることができる国がある。そうではなく、本当に高度な、医療、教育システム、これらを含めたソフトのパッケージであれば、恐らく日本が最高の力を持っている。

 そのことが分かっていない。蓮舫大臣(現行政刷新大臣)が、「(2009年秋の事業仕分けで)なぜ一番じゃないとダメなんですか」と言ったでしょう。それに対して、面と向かってきちんと反論した人がいない。私があの場にいたら、「もう一回言ってごらん」と絶対に言った。「なぜ1番じゃなければいけないのか、本当に分からないのか」と。日本は技術立国。1番であれば、特許料が入る。けれど、2番以降は、お金を払うだけ。日本の強みは、技術、ソフトであり、それを活用しない限り、生きていく術はない。

 ソフトを中心に進出すれば、紛争が起こっても、乗っ取られる心配はあまりない。ハードとは異なり、乗っ取っても自分たちでは運営できない。そもそも医療や教育は極めて重要なインフラであり、政権が変わろうが何であろうが、それを排斥してしまうことは常識としてあり得ない。ソフトの形での東南アジア進出が今、一番望まれること。

 ――カンボジアの交渉相手は政府になりますか。

 この5月くらいに、プノンペンでセミナーを開く予定です。可能であれば、その時にラオスやミャンマーなどの保健大臣もお呼びしたい。日本の経済産業省、総務省、JICA、参加希望の企業やマスコミも参加してもらいたい。テーマは、カンボジアの医療開発、社会開発。私が基調演説を行い、メッセージを出す。何を目的にどのようなことをするのかを理解してもらう。その後は各分科会に分かれて、どのようにしてこのプロジェクトを実行に移すかについてセミナーを開き、それぞれ具体的な交渉に入る。例えば、電波行政に関わることなら、カンボジア政府の担当と話をするとか。こうしたことを現在、計画中している。

※しかし、一概にこれをよし、とすべきではなく、日本国内でも可能な限りは努力してほしいと思う。

http://www.m3.com/iryoIshin/article/132972/index.html
http://www.m3.com/iryoIshin/article/132973/index.html