2010年代印象插图 王莹伝 ―暗黒女帝・江青の呪縛―

2010年代印象插图 王莹伝 ―暗黒女帝・江青の呪縛―

中国演劇史上に燦然と輝く「民国女星・王莹」。女優時代の江青にライバル視され文革にて迫害されて非業の死を遂げた、ドラマチックな彼女の人生をワンシーンずつイラストで綴る個人的趣味ブログ。

◆王瑩(おう・けい、ワン・イン、Wang Ying、*1913年3月8日-1974年3月3日)は、中国の映画女優、脚本家、作家、歌手。本名は諭志華、別名は王克勤、幼名は桂貞。中国安徽省蕪湖出身。

 文革にて江青に反乱分子として投獄され迫害された中国の代表的女優の一人。女優・藍蘋時代からの江青の『最大のライバル』であった。
 代表的主演映画作品:「女性的吶喊」「鉄板紅涙録」「同仇」「自由神」がある。舞台作品の出演作品多数。ただし彼女の写真は殆ど残されていない。
  *墓に刻まれた生年は1915年とある。

◆子役時代からスター女優へ王莹:红得让江青也嫉恨的女人

 1913年 - 後に映画界で活躍する上海にほど近い安徽省で出生。
 1921年 - 実母が死去。継母に虐待され父親にも身を売られて、大変不幸な少女時代を過ごす。そんな苦境から逃れるため武漢へ脱出。やがて劇団との縁が繋がっていく。
 1922年 - 上海芸術劇社に参加。「炭坑夫」「西線無戦事(西部戦線異状なし)」等の話劇に子役で出演。
 1928年 - 上海芸術大学に移動して文学を勉強して、学生会係の代表を担当。病院の看護学校にて学ぶ。相次ぐ左翼活動のために4~5回は逮捕され、中国共産党からの指名を受け、それから逃れるために本名の諭志華から王瑩に改名する。
 1930年 - 中国共産党に入党。のちに復旦大学文学科に入学。
 1932年 - 以後話劇「圧迫」「少奶奶的扇子(若奥さんの扇子)」の他、「酒店(ホテル)」「約翰·曼利(ジョン・曼利)」などに出演するとともに、映画でも「女性的吶喊(女性の喚声をあげること)」「鉄板紅涙録(鉄板の赤い涙の泉)」「同仇(共に憎む)」などの作品で主演。
 1934年 - 日中の親善のための演技活動で日本に渡り東京大学に留学。演技などを学ぶが、彼女の意向は当時の日本に受け入れられず、失意のうちに翌年帰国する。

◆藍蘋=江青との『確執』王莹:红得让江青也嫉恨的女人

 1935年 - 映画「自由神」で主演(主役を狙っていた新人の藍蘋=江青は端役)、同タイトルの主題歌を残す。
 1936年 - 舞台「賽金花」(注:実在人物伝)で主役の賽金花を演じる。この作品をめぐり、「娜拉(人形の家)」ノラ役で前年舞台デビューしたばかりの新星・藍蘋時代だった江青と主演を競う。が、二組公演を提案した原作者の意向に背いてその劇団(上海業余劇人協会)を集団脱退し、一緒についてきた他の俳優やスタッフと共に新しい劇団(四十年代劇社)を設立。強引に単独で賽金花を主演したという下りがある。

 その前後も江青にとっていつも同じ話劇や映画で『ライバル』王瑩に勝てず端役や脇役に回され以降、女優時代として唯一目の敵として見られる。一方、子役時代からプロ芸歴の長い王瑩の視点で見れば、キャリアのないまま突然ちやほやされて天狗になっている藍蘋と同レベルにされて気分のいいものではなかったのだろう。王瑩の主演したこの舞台「賽金花」は、各地で大ヒットしたという。

 一方、残された藍蘋のいる劇団も舞台・「大雷雨」で対抗。藍蘋はその女主人公・カトリーナを演じるが、あまり評判は芳しくなかったようだ。その上、その作品の演出家とのスキャンダルが発生し、この件を機に藍蘋は、映画界の舞台から遠ざかり流浪を余儀なくされる。ことにこの顛末で、王瑩に対する文化大革命での迫害につながった。

 この頃、最初の夫・共演者でもあるプレイボーイ俳優・金山とのロマンス生活に入る。

◆抗日戦争中 - 上海救国演劇の副団長を務める。また、戦時中の人民の士気を上げるために「蘆溝橋」「放下你的鞭子(あなたの鞭をおろす)」「台儿庄之戦(台の村の戦い)」などの作品を中国各地で巡回公演する。
 1937年 - 同じ共産党員で革命作家・スパイの謝和庚と知り合い、事実婚生活に入る。
 1941年 - 「賽金花」の共演者だったプレイボーイ俳優・金山と正式離婚(正確な結婚年代がどこのサイトにも書かれていない上『失恋了(失恋した)』とあるサイトもあるので、籍を入れない事実婚生活であったことがうかがえる)。原因は性格の不一致で、王瑩の方から別れを切り出したという。この後も金山は数回結婚・離婚を繰り返している。

◆アメリカでの活動、結婚
 1942年 - アメリカに留学、謝和庚も付いて行く。終戦をアメリカで迎える。現地でアメリカのノーベル賞作家パール・バックとの親交を深める。戦時中の1943年、アメリカのホワイトハウスで「放下你的鞭子」を公演した。その時アメリカ大統領のルーズベルト夫人との写真を残している。
 アメリカの他、東南アジアまでその活躍の場を広げていった。
 1950年 - 7月、離婚の決まった謝和庚と正式結婚。互いに再婚同士であった。

◆帰国後と言われなき冤罪

 1955年 - 帰国後、映画脚本創作所、北京映画製作所で脚本を執筆。かつての共演者でもあり浮気な夫であった俳優・金山との合作「台儿庄之戦」も残されている。この頃作家活動に没頭する。「两种美国人(2種類のアメリカ人)」、自叙伝となる「宝姑(宝の姑)」など。
 1967年 - 江青により夫・謝和庚と共に反乱分子として投獄・迫害される。この時、ファーストレディー(女権力者)となった江青の女優時代に、舞台「賽金花」に出られなかった鬱憤を晴らすためだけに、名前を消され、"30年代の黒いスター"、"米国のスパイ"、囚人番号6742と呼ばれていた。晩年には、胃を悪くした上麻痺の症状がありほとんど口をきけなかったことから、江青により食事に何らかの細工がされていたと思われている。
 1974年 - 3月3日、獄中で名誉回復がならないまま、藍蘋=江青に対しかなりの業を煮やし怨みを呑んで死去。享年60歳。

◆死後にて汚名をすすぐ― 伝説的なスターへ

 1976年 - 江青が逮捕された後に、子孫による名誉回復のための運動が本格的になる。
 1979年7月6日、ようやく冤罪と囚人番号から解放され、王瑩としての名誉も回復される。彼女の伝記「洁白的明星——王瑩(清らかなる白いスター・王瑩)」も出版された。
 1980年代 - 1940年代に書かれた遺稿が書籍化され、一般に発表される(英語・中国語のみ)。
 2005年 - 夫(謝和庚、1912年12月25日-2005年11月1日)が死去。
 2006年 - 11月1日、夫の一周忌に当たるこの年、子孫によって改めて夫と共に立派な墓に葬られた。軽く座る王瑩の石膏像も残されている。

王莹、谢和庚夫妇合葬墓
❏意訳・編集 / 利用者:SedonaSpot
 経歴・写真は中国のウェブサイト**に負った。
 人生の流れは、紹介ウェブサイトによって出来事や年代がバラバラなため、適切と思われる内容を個人的に編集した。


 ・・・という彼女の生涯のイメージイラストを投稿するブログです。
 イラストを見てもらう前に、前知識として?、上記の記録を挙げました。


 しかし、藍蘋=江青って最悪ですね。ものすごくつまんない、くだらない理由で、その相手を投獄・迫害できるなんてまあ、悪女の鑑ですわ。
 所詮一発屋、たった一つの舞台のヒロインに抜擢されてそこそこヒットしもてはやされて天狗になってる状態だから、演劇界でこういう厳しい事もあるのだということを知らなかったんですよね。
 「賽金花」の恨み(王瑩・謝和庚夫妻の投獄、殺害のきっかけ)はこの時に起きました。

 けれども、あのまま二組交代で「賽金花」の主役を演じても、王瑩さんの舞台と比べられていたのは容易に想像出来てしまう。舞台を見ることはありえないけれど、王瑩さん主演の舞台「賽金花」と藍蘋=江青主演の舞台「大雷雨」の評判見てたら、同じ作品を演じても王瑩さんの舞台のほうがヒットするに決まってる。
 それはそれでまた、同じく恨みを飲んで・・・ってパターンでしょうねー。世間知らずの女王様が。

 
 それはさておき。線画イラストについてですが。
 あくまでイメージですから、実際の写真とは多少違いはありますが、そこのところはお許し下さいませ。
 しかし、本当にドラマチックな人生でこのままドラマ化されそうな流れですが、実際に本人の立場になってみたら、嫌でしょうね。
 考えてみたらもうすぐ、王瑩さんの生誕100周年なんですね~今まで気づかなかったわ。
 こんなボケボケな私のイラスト+作品コメントですが、よろしくお願い致します!
 あ、ちなみに投稿順と人生の流れは違います。それこそ、好きな時に好きな年代のイメージ線画を描いています。
 ご了承の程を。


 ❏おまけ❏
 因みに二人共歌を残していますが、・・・時代を感じますね。100年近く前の歌がネット配信されているのにはビックリです。
 王莹 主演映画「自由神」主題歌
 藍蘋=江青出演映画 「王老五」劇中歌

 王莹さんの歌声が案外地声がきつくシャープな感じなのにもビックリですが、サイトに飛んでみると全くの別人の現代人の写真が飾られてるのにはもっとビックリ。
 当時の王莹さんは20歳くらいなので、勢いがあるっていうか。まあ、内容が内容ですからね。
 一方藍蘋=江青の歌、旦那役とのデュエットなのですが、これもまた田舎くさい感触が何とも・・・
 
 かく言う私の歌は、技術面は置いといて(苦笑)、声の感じ書いときますね。
 彼女たちの声よりもキーが高くやや柔らかい感じの感触(個人的に柔らかい声は気に入りません)。歌声はかなり大きいです。




**写真の著作権について:中国の多数のウェブサイトで使い回しされており、著作者の出所が不明である。「王莹 喻志华」の中国版グーグル画像検索結果から、内容にふさわしいもののみを最低限の数のみ転載させていただいた。
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1930年代中国の大スター・王瑩の霊魂の現在


 久しぶりですー、こっちでは前に書いたの3年前だっけ。
 だいぶ経ちましたね。今このブログ書いてます。
 で、久しぶりに、【現在の王瑩さんの状態】、こころさんに霊視してもらいました。
 私が日本語版・中国語版・英語版の王瑩さん(女優)のページをWikipediaにて初めて作って(SedonaSpotという利用者名です)。その他の言語一つ増えてますがこれは私関与してません。まず何語なんだと(ただし、中国語版では、編集記録が改竄されていて、中国語版の王瑩さんのページの作成者が別人にされている。でも私の編集記録も残しておいたって感じになってる。さすが中国)。
 その前にもいろいろ調べたんですよあの時は。
 そしたら、私が作ったWikipedia日本語版の王瑩さんのリンクページ見ただけで、「この人拒絶してる。嫌だ嫌だ、ってしか言ってこない」・・・なんだって。

 

 まあ、それ仕方ないかも。文革の時で彼女の時間が止まってるんだもん。
 おまけに、旦那との合葬墓にも、王瑩さん入ってないし。
 てか、王瑩さんの再婚相手の旦那さん(謝和庚さん。イケメンのスパイで左翼活動作家だっけ?共に再婚です)もこの墓に入ってません。
 夫婦ともに合葬墓に入ってないんですよ。
 だから確認のためにこころさんに視てもらったんです。

 

 私が2012年始めに王瑩さんのWikipediaページ作った時、ネットで画像検索しても、本当、王瑩さんの写ってる写真、一番下まで出切るまで検索しても、10枚出てくるかどうかだったのに、5年経過した今ではかなりマニアックなもの?まですごい数出てる。私が検索し始めた頃は、同じ名前の歌手の画像や、何でかグラビアアイドルの画像ばっかりで、古い写真は殆ど表示されなかったなぁ。
 もしかしたら、中国で、王瑩さんの人生を振り返る番組が放送されたのかもね。
 Wikipediaには王瑩さんのカラー写真も載せてますが、あれ、私が元あったモノクロ遺影に手を加えてカラー処理したものです。ちょっと肌白すぎたかな?・・・ははは。

 

 因みに、大和田秀樹先生の麻雀漫画『ムダヅモ無き改革』12巻にて【江青VS王瑩(蒼井うさぎ=元ネタは酒井法子w)】が出てくるのですが、それまで大和田先生は、女優時代の江青が勝手に目の敵にしてたライバルの存在知らなかったはずです(Wikipediaページ新しく作った私も興味持たなければ知らなかったよ、ひと目で自分と似てる感じするなって遺影見て興味持つまでは。しかも私が生まれた年に亡くなってるし)。
 このストーリー描いてる連載時期の時点で既にWikipediaの日本語ページ、ほぼ今の状態でありましたし。

 

 その証拠に大和田先生の漫画の江青の回想シーンで、檻の中の王瑩さん(蒼井うさぎにそっくり)に『あーら、口もきけなくなって。・・・食事に何か混ぜられたのかしらねえ?』みたいなこと言ってるシーンがありますが、これも私が王瑩さんの日本語版Wikipediaに小話として書いたものです。ちゃんと調べた上でですよ。
 ・・・ホントにちゃんと調べましたよ!晩年口きけなかった、麻痺の症状あったって、中国のサイトに。で、翻訳して、書いて、色々なサイト文献から翻訳しながら編集して。
 今そのサイト調べるの難しいですね。ちゃんと書いてあったのに。

 

 で、1974年3月3日、江青によって死に至らしめられ、その5年後に江青含む四人組が逮捕された後、王瑩さんは、旦那さんや他の協力者たちのおかげもあって『現実世界では』名誉を回復されます。
 けど、当の本人の魂は、恐らく、亡くなった場所に囚われたまま。最初のお墓にも入ってないと思う。(文革反乱分子の)刑務所跡って今の中国に残ってるのかな?そんな事までは知らないけど、多分、王瑩さんの霊魂、そこにいる。

 

 こころさんが霊視した、王瑩さんの『嫌だ!!!!!!』って言うの、こんな感じだろうと思って描いたのがこの作品です。
 もう亡くなってる状態な上、このアニメ風カラー作品に文字入れるのはどうかと思ったので、ラフのときと違って彼女の名前打ち込んでません。
 描いてて自分も怖かったです・・・。
 そうそうこんな感じの表情だって。


 
 そう言えば、江青、自分の旦那毛沢東(凄い女好き)に触ったと嫉妬(勘違い)して、同じ女優の孫維世も無茶苦茶な殺し方してるんですよね。孫維世、彼女の旦那は王瑩さんの前の旦那である金山なのですがこの人もまた女好きで・・・
 多分孫維世さんの霊魂も、王瑩さんと似たような状態じゃないかな。
 もっと酷い殺され方されてるから、もっと酷い状態かも・・・


 
 かくいう江青も凄い男好きで、もう何回結婚したり子供堕ろしたり不倫したりしたんだろうな。
 しかし私、この人と同じ甲寅の生まれなのがすごい嫌で。
 一緒にしないでくれる!って言う感じですわ・・・。

 

 早く王瑩さんら文革の被害者たちにも成仏してほしいです。
 中国語では成仏っていうのかいな?
 ・・・江青は成仏しなくてよろしい。自意識過剰の権力に執着した魔物が。


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  久方ぶりの王莹さんです。
 いやー江青が高笑いしそうなシーンですよ。かつて自分勝手にライバル視して勝手に負けて、勝手に男女トラブル起こして演劇界もとい、今の芸能界から裸足で去ってった人ですからね(そして浮気症の毛沢東と出会った)。

 江青がデビュー当時、端役女優・藍蘋(ラン・ピン)だった頃、当時時代の寵児として大成功していた同年代の彼女(江青の方が一つ年下)を凄く唯一の目の敵にしてましたからね。自分が投獄した王莹さんの死を知ってさぞ、大笑いしたことでしょう。
 王莹さん、イラストでは若く描いてますが実際は満60歳です。晩年は麻痺の症状で口もきけなかったと言います。どー考えても獄中の食事に細工してるとしか思えないんだが。

 結婚生活は、二人は対照的だったようです。
 王莹さんの死後も独身を通した2番めの旦那さん、釈放後も亡き妻・王莹さんの名誉回復のために戦ったとか。
 対して江青は、藍蘋の頃散々男振り回した末離婚したり子供まで堕ろして自由にやってたのに、結婚後は慇懃無礼で嫉妬深い鬼嫁(権力に執着・周囲に対して)となったのです・・・毛沢東のこと先生とかなんかそんな言い回しで呼んでますからね。で、毛沢東が同じく女優の孫維世(彼女の夫は王莹さんの最初の旦那さんです)に手を付けたと知った時・・・酷いですよね。体を動けないようにして裸にし受刑者に輪姦させた上、死体の頭に五寸釘!
 
 旦那の死の直後、彼女含めた四人組、逮捕されてますからね。ざまーみろ。
 今頃、どーなってんでしょうね。江青。成仏は被害者の霊達によって絶対にさせてもらえてないと思う。その上自殺者ですからね。ろくな霊界死活送ってないでしょうよ。

 皮肉なことに、王莹(ワン・イン)さんと全く同じ中国語読みの俳優が、毛沢東の役者を今もやっているという・・・。これ知った時因縁て凄いなーと思った。見たら、実際の毛沢東の若い頃よりももっとかっこいい感じの人だった。
 
插图:东阳子

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2010年代印象插图 王莹伝 ―暗黒女帝・江青の呪縛―-王莹-江青嫉妒的传说的影星32

 前の絵がいろんな意味で汚らしかったので、今日の締めとして綺麗なものが描きたかったんです!
 王莹さんですねー。もうちょっと大人をイメージしてたのですが、実際仕上がってみれば結構少女時代。
 チャイナ服ばっかりの写真が多い王莹さんですが、ちゃんと洋服ドレスを着た写真も残されていますよ。
 興味の有る方は検索を~。見つけるのに時間がかかるでしょうけれども・・・。

插图:东阳子

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