IT'S BETTER TO TRAVEL | walkin' on

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アナログレコードのレビューを中心に音楽に関するトピックスを綴っていきます
 歌詞の和訳や、時にはギターの機材についても投稿します

レコード番号:25PP-226(Mercury) 1987年(国内盤)

 

 

 スウィング・アウト・シスター(SWING OUT SISTER、以下SOS)をリアルタイムで聴いておられる方でも、実はこのデビューアルバム”IT'S BETTER TO TRAVEL”(以下IBTT)のLPをお持ちの方は少ないのでは。1987年という時期を考えれば当然ですが、このアルバムはリリース当時からアナログレコードとともにCDでも販売されたからです。

 

 そんな、もしかしたら貴重かもしれないこのLP、近所のハー○オ○で特価販売されていました。しばらく前に投稿したニコレット・ラーソンのデビューアルバムと同じタイミングで入手できました。

 

 

ジャケット裏。白黒映画をイメージしたのでしょうか。

見開きのライナーには歌詞、訳詞、解説。

帯もありまして、

『アンバランスなスリルが浪漫です!』

…って、何のことやら、さっぱりチーン

 

 

 

 

 

 SOSについては、このアルバムのオープニングトラックである”Breakout”と、それから約10年後の1996年にドラマの主題歌としてヒットした”Now You're Not Here"の2曲しか知らない、印象に無いという方も多いかもしれません。 

 何を隠そう、ボク自身がそうでしたので笑い泣き”Now You're Not Here"の印象があまりにも強すぎて、デビューアルバムが1987年リリースであり、LPでリリースされていることが最初は信じられませんでした。

 

 

 

 

 改めてこのIBTTを聴いてみて気づいたことをふたつほど。

 まず、ヴォーカルのコリーン・ドリュリーの声。良くいえば初々しく、悪くいえば素人っぽさが残ります。

 このアルバムでは、という但し書きをつければ、声量があまり大きくないうえに音域も狭く、曲でいえば”After Hours”あたりはどうも平板な印象がぬぐえません。

 

 もっとも、アルバムを通して聴けばすぐに分かるように、SOSは当時いうところのテクノポップのユニットであり、楽曲の個性、さらに言えばそれが時代の最先端を行くクールネスを備えていることが重要であったわけで、リードヴォーカリストの歌唱表現をうんぬんすること自体が無粋というものなのでしょう。

 例えとして持ち出すのは良くないかもしれませんが、1984年にはシャーデー・アデュをリードヴォーカルにすえたSADEがデビュー、"Smooth Operator"と"The Sweetest Taboo"がヒットしています。曲のキャラが立っていさえすればOK、細かいことは気にすんな真顔という風潮があったのかもしれません。

 

 

 もうひとつ、楽曲に濃い影を残しているのがジャズ、正確にはビッグバンドジャズの全盛期を連想させるサウンドやフレーズです。

 これはもう、先ほども少し出てきた”Breakout”を聴けばすぐに分かります。

 

 

リズムの骨子は当時最先端のリズムマシンやシンセサイザーベースを用いているものの、ホーンセクションや、それを模したと思われるシンセサイザーが、にぎやかしや合の手のように重ねられています。

 細かいところでは”Twilight World”の間奏に、50年代ジャズにおいてリード楽器として隆盛を誇ったヴィブラフォンが加えられていたりします。

 

 この、最新鋭のリズムマシン&シンセサイザーと、30~50年代のノスタルジックなサウンドの融合という手法で注目されたSOSも、もうしばらく後の1989年のシングル"You on My Mind"ではモダンテクノロジーの要素が大幅に後退、華やかでオーガニックなサウンドへと変貌します。

 

 

 もっとも、”You on My Mind”を収録のアルバム”KALEIDOSCOPE WORLD”の制作中に、結成メンバーのマーティン・ジャクソン(ドラム)が脱退し、以降のSOSはドリュリーとアンディ・コーネル(キーボード)のデュオとなります。

 

 

 

 

 デビュー時こそ華々しい成功を手にしたものの、その後のSOSはワールドクラスのビッグヒットを手にするようなことはなく現在に至っています。

 

 時代の最先端を狙うと、そのうち時代に追いつかれ、追い越されていまいます。まして演奏者の技量で勝負する音楽ではなく、多くのリスナーを効率よく惹きつけ、聴かせ、音源のセールスに結びつけることが求められるのであればなおさらです。

 

 SOSがデビュー作IBTTで見せた煌めきは34年という年月のあいだにかなり落ち着いたものになってしまいましたが、SOSの場合はむしろこの後に生まれる楽曲が際立っているともいえます。うつろいやすく飽きられやすい「ポップス」―ポピュラー音楽のフィールドでSOSが今もなお楽曲のリリースを続けていることは、目立たない、小さな奇跡なのではないでしょうか。

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