人間には、組織に所属することによって、安心感を得る所属欲求があると言われます。

 

 

私も一人では不安なので関係性を構築し、組織に所属してみましたが、自分が主張をすれば対立が生じるので、周りに合わせることが多くなり、その結果、我慢が蓄積されていきました。

 

そこで、実力やポジションがあれば、我慢によるストレスが軽減されると思い、地位や名誉を求めるようになりました。

しかし、みんながんばっている中で特別なポストを獲得することは簡単ではありません。

 

そのうち、がんばるのに疲れ果てました。

 

これくらいでへこたれるのであれば、本心からやりたいことではなかった可能性が高い。

しかし、諦めたら負けだという葛藤を繰り返す中、こんなにがんばっている理由は何なのか、本心からやりたいこととは何かと自問するようになっていました。

 

そのうち、自分の存在意義を証明したいという欲求を、うすうす感じるようになりました。

 

自分は何なのか?

自分が活動しポジションを得たいと思っている社会とは何なのかと思うようになっていきました。

 

そこで心理学に触れてみたけど、解釈によっていかようにでもとらえることができる。人生訓のようなものも、追究することに意味があり、その過程の中で分かるものですという内容にしか出会うことができませんでした。

また格差が生じる資本主義社会において、競争が生まれるのは当然で、その対称に共産主義があるということが分かりましたが、いずれもいくつかあるものの見方の一つであり、明確な確証を得るには至りませんでした。

 

そんな状況の時にnTechに出会いました。

 

自分や社会のことを理解するために、外から知識を得ようとしていましたが、実は理解できない原因は自分自身の部分認識、人間の機能的限界にあることが分かりました。

 

何かに依存して存在しているものは錯覚、泡沫、思い込み、観点であること。宇宙自然に依存して存在している自分や社会がそれだった。

そして何にも依存せずに自ら存在している純度100%の心そのものがリアリティだと分かり、自分が心そのものに成りきった時、何にも侵されることはない絶対尊厳と出会うことができました。

 

そこから今までの自分をみた時に、私はポジションの獲得を通して自分の尊厳を示したかったのだと整理でき、私自身すごく納得できました。

 

泡沫の中で相対比較による尊厳を獲得し、それを守ろうとするのでなく、純度100%の心そのものすでに満たされている尊厳を、一人一人の個性を通していかに爆発させることができるのか。

それが可能な共同体づくりに向かうようになりました。

 

人間の1千兆倍の知能を有するAI時代に、人間の尊厳溢れる社会を多くの人と共につくっていきたいです。

 

今ここ尊厳から出発しよう。

 

川名 哲人