《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》
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なくなりたる人の数(かず)を卒塔婆(そとば)に書きて、
歌よみ侍りけるに
法橋行遍(ほつけうぎやうへん)
見し人は世にもなぎさの藻塩草(もしほぐさ)書き置くたびに袖ぞしをるる
☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆
亡くなっている人の数を卒塔婆に書いて、
歌を詠みました時に
法橋行遍
親しくした人は、つぎつぎに世にもいなくなって、
その名を卒塔婆に書きとどめるたびに、
涙で袖が濡れしおれることだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
(※『和歌コード』とは、
直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った
しじまにこのオリジナル訳です。)
題詞;亡くなった人の数を卒塔婆に書いて、
歌を詠みました。
作者;法橋行遍
親しくしていた人たちは
この世からいなくなって
永遠の世界に逝ってしまいました。
波打ち際の藻塩草は
かき集めるたびに
塩で袖が湿りますが
同じように
亡くなった人を荼毘にふして
その人の戒名を
卒塔婆に書き残すたびに
気持ちが折れて
僧服の袖が
涙で湿りますよ。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
法橋行遍:1150年前後?〜没年不詳。
熊野新宮の社僧。
西行法師から歌を学んだと推定される。
そとば:仏舎利(仏骨)を安置したり、死者の供養をしたりするために建てる五輪塔や石塔など。死者を供養するために、墓の後ろに立てる細長い板。上部は五輪塔の形の切り込みがあり、経文・梵字や戒名を書く。
みる:目にする。見て判断する。対面する。経験する。試みる。夫婦になる。世話をする。
みゆ:見える。目に入る。来る。現れる。思われる。感じられる。見かける。見なれる。人に見せる。人に見られる。人に会う。結婚する。
ひと:人間。世間の人。大人。立派な人。人柄。性質。身分。他人。あの人。従者。あなた。
とは:永遠。
よ:現世。御代。治世。一生。生涯。寿命。世間。俗世間。時節。男女の仲。夫婦の仲。生活。暮らし。
よ:余り。以上。ほか。
よ:私。
よ:夜。
なぎさ:水際。波打ち際。
なき:泣き。無き。亡き。鳴き。
もしほぐさ:藻塩をとるために用いる海藻。「もしほぐさ」はかき集めるものなので、和歌では多く「書く」「書き集む」にかけて用いられ、「手紙・随筆」などの比喩として使われることもある。
もしほ:海藻からとる塩。
もし:仮に。もしも。ひょっとしたら。もしかして。
もじ:字。言葉。用語。文章。学問。
しほ:塩。海水。良い機会。よいころあい。しおどき。愛嬌。愛らしさ。
しほる:濡れる。湿る。
くさ:草。
くさ:原因。たね。対象。種類。
くさし:臭い。怪しい。うさんくさい。
かきおく:書き残す。書き置きする。
かく:馬に乗って走る。
かく:破損する。傷つく。不足する。抜かす。もらす。おろそかにする。
かく:肩にのせて運ぶ。かつぐ。
かく:こちらから〜する。〜しかける。〜仕向ける。
かく:吊り下げる。ひっかける。関係する。二つの地点をつなぐ。橋などをかけわたす。思いをかける。覆う。かぶせる。水などを浴びせかける。兼任する。対比する。話しかける。情愛をそそぐ。思いをかける。火をつける。捕える。だます。ある期間にわたる。大切なものを託す。目標にする。関係づける。
かく:こする。ひっかく。つまびく。髪をとかす。刃物で切り取る。引っ掻くようにつかまる。とりすがる。食べ物をかきこむ。
おく:起き上がる。立ち上がる。目覚める。寝ないで起きている。
おく:露や霜がおりる。置く。据える。設置する。さしおく。ほおっておく。間隔をおく。隔てる。あらかじめ〜する。
たびに:度に。
たび:旅。
だび:荼毘。
そで:袖。
しをる:しぼむ。しおれる。気落ちして元気がなくなる。ぐったりする。しょんぼりする。
しをる:戒める。こらしめる。責める。折檻する。
しをる:山道などで木の枝を折って道しるべとする。道案内する。
をる:波が折り砕ける。曲げる。折り曲げる。折りとる。折り畳む。折り目をつける。気が挫ける。負ける。
しほ:塩。海水。良い機会。よいころあい。しおどき。愛嬌。愛らしさ。
しほる:濡れる。湿る。