唐土にて月を見てよみける

安倍仲麿

あまの原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも

 

この歌は、昔、仲麿を唐土に物ならはしにつかはしたりけるに、

あまたの年を経て、え帰りまうで来ざりけるを、

この国より又つかひまかりいたりけるに、

たぐひてまうで来なむとていでたちけるに、

明州といふ所の海辺にて、かの国の人

むまのはなむけしけり。

夜になりて、月のいとおもしろくさしいでたりけるを

見てよめるとなむ語り伝ふる

 

〈古今和歌集  巻第九  羈旅歌    406〉

 

 

++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++

 

大空をずうっと遠く見はるかすと、

あれは、昔、春日の三笠山から出たのと同じ月であるよ。

 

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□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□

 

 

(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

題詞;中国で多くの年を越し、日本に帰国する時に

光り輝く月を見て、目に涙を浮かべながら詠んだ歌

 

作者;安倍仲麻呂

 

 

お世話になった中国の人たちとの別れを思うと

 

涙が出ます。

 

私は日本から遠く離れて、中国で35年以上の年月を過ごし、

 

年もとりましたが、様々な経験を重ねてきました。

 

今夜、この広い大空をふり仰ぎ、遠く日本の方向を仰ぎ見ると、

 

私の目の水かさが増して(泣いている)、

 

月がぼんやりと見えます。

 

今夜のこの趣深い月は、(日本の)天皇のおられる

 

奈良の春日山に向けて出発し、到着させるための(導きの)

 

月明かりのように見えることですよ。

 

 

(左注)

この歌は、昔(717年)、安倍仲麻呂を中国に遣唐留学生として

派遣したのだが、

多くの年月(35年以上)が経過しても

帰国することができずにいたのを、

日本から再び使者を出して中国へ迎えに行かせた。

その迎えの人たち(藤原清河ら)と連れ立って

一緒に帰国しようと身支度し、出発した。

「めいしゅう」という「命、運命」を思わせる地名の海辺で、

現地の人たちが旅の無事を祈って、宴を開いてくれた。

夜になり、月が趣深く、風変わりな輝きを放ち、光りだした。

それを見て詠んだ歌。

そのように語り伝えられている。

 

 

□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□

 

古今和歌集406番のこの歌から、

巻第九  羈旅歌(旅、旅行の歌)となります。

 

安倍仲麻呂は、

717年、遣唐留学生として海を渡ります。

現地で高官に登るほどの活躍をされました。

753年、藤原清河らとともに帰国を試みましたが、

暴風のため帰国を果たせず、

結局、唐に戻って73歳の生涯を終えたという経歴を

持った人物です。

 

もろこし;中国

もろ;多くの

こす;上回る。年をこす

つく;就く。到着させる

つく;水につかる

あまのはら;天上界。天空

あめ;涙

はら;心の中

ふりさく;はるか遠くの方を見る。振り仰ぐ

ふる;年月が過ぎる。年をとる。老ける。泣いている

さく;遠くへやる

みる;経験する

かすが;春日神社。奈良(天皇がいたところ)

かすか;はっきりしない。ぼんやりしている

なる;おいでになる。おでましになる

みかさ;水かさ

みかさやま;春日山

やま;たくさんの

いづ;出発する

かも;~であるなあ

かも;賀茂神社(京都)

ものならふ;物事を習う。学問する

また;再び

つかひ;使者

まかる;退出する。都から地方へ行く。参上する

いたる;到着する

たぐふ;伴う。連れだつ

まうでく;参上する。伺う

いでたつ;出発する。身支度をする

めい;命。命令。運命

かの;あの。その

むまのはなむけ;旅立つ人の無事を祈って送別の宴や贈り物をすること。せんべつ

おもしろし;趣がある。美しい。風流である。風変わりである

さしいづ;光が射し始める。光りだす