悪について エーリッヒ・フロム 4 | 節操の無い庭

節操の無い庭

築40年近い中古物件で意図せず手に入れた和の庭園の模様。自然、生き物、家族、自分のことなど。備忘録。

死を愛することと生を愛することより

 

『ヒットラーやスターリンのような人が影響力をもつのは、まさにかれらのもつ殺人に対する無制限な能力と、それに対し喜び勇む積極性にある。この理由から、かれらは死を愛好する人々に愛されたのである。それ以外の連中には、大衆は、彼らを恐れるか、彼らの恐ろしさを認識するよりはむしろ称賛しようとしたり、また別の人たちはこうした指導者のネクロフィラスな素質に気づかず、彼らの中に建設者、救世主、良き父親を見たのである。もしもこのネクロフィラスな指導者たちが、建設者や保護者的態度をとらなかったと仮定したら、かれらに魅せられた人びとは、かれらの権力の獲得にそれほど援助を与えなかっただろうし、またかれらに追放された人びとは直ちにかれらを没落させてしまったであろう。

 生が、構成され機能することにより生長する特徴をもつものに対して、ネクロフィラスな人は、生長しないものや機械的なものをすべて愛する。そして又、有機体を無機体に変貌し、生きているものを物体であるかのように機械的に接したいという欲望にかられる。あらゆる生命過程、感情、思考はすべて物体に変貌される。経験よりは記憶が、存在よりは所有がここでは重要なのである。ネクロフィラスな人は、それを所有する場合にのみ花とか人とかを、容体として関与しうるのである。それ故、自身の所有物に対する脅威は、自身に対する脅威であり、もし所有できなくなれば外界と断絶することになる。それ故、たとえ生を失うことにより所有するものが存在しなくなったとしても、所有するものを失うよりは生を失う道を選ぶという、逆説的反応が見られる。かれは支配を愛し、支配しようとして生を抹殺する。かれが生を恐れるのは生がそのもてる性質上、無秩序で統御しにくいからである』


感想

ロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにして、プーチンのような、独裁に走る権力者の頭ん中をつくづく知りたいと読んでみている。政治、歴史的な背景、深い部分は無知やけど、こんな精神構造があるんやと少しだけ納得した。無秩序な生を恐れるという部分も印象的。確かに生は無秩序。

こういう人間は、不利な立場になると死なばもろともって破滅的な道を選んでしまうのね。