今日は夫が、

「懇親会だから、夕飯いらないよ」

と言って仕事へ向かった。

 

夕飯は、
自分の好きなものにしよう。

 

朝から洗濯機を二回まわして、
ベランダに洗濯物を干す。

 

初夏の太陽が高く昇り、
札幌ドームの銀色の屋根を照らしていた。

 

スーパーでは、

 

豆腐。
長ねぎ。
キャベツ。
豚コマ。

 

それから日本酒。

 

少しだけ特別なものを、
二本。

 

今夜は水炊きにしよう。

 

ポン酢で食べて、
キムチを添えてもいい。

 

エコバッグを揺らしながら、
透子は36号線沿いを歩く。

 

日差しが強い。

 

札幌も、
だんだん夏っぽくなってきた。

 

……それにしても。

 

日本酒二本は、
ちょっと買いすぎたかもしれない。

 

ぎっしり重くなったエコバッグを持ち直しながら、

「よっ」

と小さく声を出す。

 

その時。

 

ふと、ファミレスの前を通りかかった。

 

ジョッキの旗が揺れている。

 

キラキラしたビールの写真。

 

透子は立ち止まった。

 

今日は旦那もいない。

 

洗濯も終わった。

 

買い物も済んだ。

 

……昼飲み、いっちゃう?

 

ふっと笑って、
透子は一人でドアを開けた。

 

***

 

「ふぅー……」

 

大ジョッキを両手で持ち、
透子は幸せそうに息を吐く。

 

冷たい。

 

おいしい。

 

生き返る。

 

去年の今頃は、
毎朝息子のお弁当を作っていた。

 

こんな時間、
なかったなぁ。

 

枝豆。

冷奴。

じゃがバター塩辛。

 

最高である。

 

いつもは、
家事をする側。

 

料理を出して、
片づけて、
気を回して。

 

だから。

 

こうして“サービスされる側”になると、
なんだか泣きそうなくらい嬉しい。

 

透子は枝豆を一つ摘まむ。

 

つるん。

 

丸くて、
薄緑で、
なんだか可愛い。

 

しばらく眺めてから、
ぱくりと口へ入れる。

 

そしてビール。

 

ごくり。

 

「くぅ〜……」

 

小さく目を細める。

 

ビールは

大ジョッキに限る。

 

圧倒的に、

コスパがいい。

 

幸せ。

 

ふと。

 

あの人を思い出した。

 

碇みなと。

 

白いシャツ。

 

清潔な香り。

 

茶色い瞳。

 

でも。

 

あの人は別世界の人だ。

 

キラキラしていて、
自分とは住んでる星が違う。

 

透子はジョッキを傾ける。

 

気づけば、
三杯目だった。

 

時計を見る。

 

十四時過ぎ。

 

「あ」

 

薬。

 

朝、飲み忘れていたことを思い出す。

 

透子はバッグを探り、
心療内科の薬を取り出した。

 

本当は毎食後。

 

でも。

今日はまあ、いいか。

 

二錠まとめて口へ入れ、
ビールで流し込む。

 

ごくり。

 

「……さて、帰ろ」

 

席を立った瞬間。

 

視界が、ふわりと揺れた。

 

「あれ……」

 

足元がおぼつかない。

 

飲みすぎたかな。

 

透子はバッグを抱え、
レジへ向かう。

 

でも。

 

床が少し遠い。

 

その時。

 

ふわりと、
あの清潔な香りがした。

 

透子はゆっくり顔を上げる。

 

白いシャツ。

 

サラサラの前髪。

 

優しく見下ろす茶色の瞳。

 

「あ……」

 

心臓が跳ねた。

 

よりによって、今。

 

酔ってるし。

 

顔も絶対ひどい。

 

――碇みなと。

 

大ジョッキ三杯目で、
再会なんて。

 

📢【更新予定】📢


📖 5月29日㈮22時
第12話 漫画なら、一巻の表紙に描きたい

📖 5月30日㈯22時
第13話 平岸の団地

📖 5月31日㈰22時
第14話 みんな幸せになりたいだけなんだ

📖 6月5日㈮22時
第15話 夜を書く仕事

 

📖 6月6日㈯22時
第16話 あなたの描く女になりたい

📖 6月7日㈰22時
第17話 想像力を掻き立てる女

📖 6月12日㈮22時
第18話 ロリータを描く男たち

📖 6月13日㈯22時
第19話 母親失格?悪いのは私なの?

📖 6月14日㈰22時
第20話 退廃する女に惹かれる理由

📖 6月19日㈮22時
第21話 結婚と生理的な閉塞感