私は、ここ二年間と言うもの、ちょうど、2022年の10月の退院から、今年に至るまで、実に様々な方々との軋轢、亀裂を生みだした。福祉関係者。お寺の関係者。その他、いずれも。

 それは男女問わずにだ。特に女性は、皆、私の恋愛感情?(さて、これはどうかな。)も、年齢差を越えて、あったと見受けられる。年下だろうと、年上だろうと。

 それは致し方ない。私も浅学非才の身である故、時には間違いも起こるだろう。

 ともかく、平穏無事には行かない日々だった。何なら、私には、女性に対するアレルギー、好みの差はないのかも知れないが、年齢差もこの場合、一段と無かったと見える。

 私にとり、それら女性達には嫌われたが、けれども、私自身が、成長する糧にはなった。それには大いに感謝すべきだろう。

 何よりも、私のような、節穴だらけの、実に詰まらない男に、それら女性陣は、優しく未来を指し示してくれた。

 今、又、かつてのように、仲たがいから脱して、元のさやに戻り、元通り、仲良くやって下さる女性もいる。高齢女性の元講頭さん等だ。

 それだけバカ丸出しだった私も、やがて、悟り切る時が来る。このままでは、埒が明かない。しょうもない自分に、今頃気付いた訳だ。

 それに気付くのが今一秒、遅かった。それで、もう、私の元からは去って行った女性も数多くいる。

 私は何て、女心が読めない惨めな男なのだろうと自己嫌悪にもなる。

 しかし、私は、生きる事に貪欲でありたい。自分が選んだ道なのだから、道というものを、自分で切り開くだけの男にはキッチリとしていて、しかも、余裕が無きゃならない。それが堂々とした男というものだ。

 だから、私は女性に対する時は、女性ファーストではあるが、何も女性におもねったり、ごますったり、そんな事は決してしない。

 平然として、対してゆくのみである。

 ここでは女性の事ばかり述べてしまったが、男性とて同じで、特に、お寺の現講頭さんと、栃木のKさん他には、多大なる迷惑を掛け同士であった事が非常に忸怩(じくじ)たる思いで悔やまれる。

 いずれにしても、これからも、私自身に仮に仕事に打ち込む日が来たとしても、その場を収めて、どんな人とでも仲良くやってゆく。完全無欠な人間などこの世にいないのだから。私は仏法を学んでいるのだから、既に判っていても良さそうなものなのだ。

 とにかく、生き恥をさらしたっていい。どんなに地団太を踏んだって、自分が生きた証が欲しい。その為ならば、何だってやってやる覚悟だ。

 生きる事は難しい。それは、子供の時から感じて来た。しかし、もう、私も人生のど真ん中の五十路(いそじ)だ。いわゆるアラフィフという奴か。それならば、それに相応しい生き方と言うものがある筈だ。

 それを見つけて、それを生きがいにして、それに突き進み邁進してゆきたい。

 「攻めよ打て、鍛えし腕を、試すべき時こそ来たれ、何者か、我らの敵ぞ、握らん、覇権の剣(つるぎ)!」(福島県立安積高等学校応援歌「紫の旗ゆく所」第三番、歌詞から)。

 

以上。よしなに。wainai

(この文章、私のgooブログにも転載させて頂きます。勿論原本はこちら、アメーバブログです)。

転載先のgooブログのURL添付。(同じ内容にて失礼)。→反省!年齢が問題じゃない。私と福祉関係者。お寺の関係者。との関係。私のこれからの生き方生き様。 - Kaettekita 私が思う あのこと このことReturn(Get Back Part2) (goo.ne.jp)