これは民主、自民のみならず、少数政党公約にも続々みられる。特に民主党は露骨に比例区削減だ。民主案では究極には比例区廃止を意図していると見て良い。選挙区の定員は最大5人、大部分の選挙区では1人だ。参議院の場合は都道府県別で一つの選挙区となっている為、複数選挙区が可能になった。他方、比例区の議席数は各ブロックに分かれても遥かに多い。嘗て参議院には全国区が存在したのだがそれが廃止さえれて地域分割された。比例区は両院共に存在するのだが、丸で性格が異なっている。参院の非拘束式と衆院の拘束式、参院は当選者を有権者が決めるのだが、衆院は党が決める。因みにこの候補者の順位は党執行部が随意に決める。日本の政党では個々の候補者を党員が決めるなどと言うことは断じてない。都道府県連や党中央が決める。

有権者が決めるのと党執行部が決めるのとどちらが民主的なのか、日本の民主主義は民主集中制だ。全面的な包括委任。党員が党費を払っても、行われるかどうかわからない代表選挙への選挙権を持つだけだ。

 この議員定数削減だが、これはどのような意味を持つのか。確かにその頭数の分、歳費が減る。だが、歳費を代わりにあげる事となったらどうか。企業団体献金廃止を掲げた場合、むしろ公営選挙が推進され、政党助成金は増える事はあっても減る事は考えない方が良い。結局のところ、政治家に費する公費は変わらない、いや増える事すら有り得る、

 では何のためか。正に民意の集約だ。議員定数の少なさという点でアメリカが模範とされるのだが、選挙区やロビーからの圧力や世論の動向には敏感だ。なによりも党による拘束が緩く、議員自らの裁量の幅が大きい。

 日本の議会制民主主義は今までいかに世論を遮断して遂行されて来たのか。包括委任のままだ。先の小泉郵政選挙の自民の大勝の成果は、当の小泉元総理の意思すら反して進行する事になった。この歴史は変わらないとみた方が適当だろう。鳩山前代表の掲げた政権公約はどうなったのか。政権公約こそ投票の基準とすべきとの声はあるが、少なくとも政治家にとって不利益で国民に有益となる公約は守られない事を前提にした方がまともだろう。

 定数削減は別に経費全体の削減を意味しないし、増してや民意の反映を促すものにはなり得ない。むしろ更に逆行する可能性すらあるのだが、否応なく進む事になるのだろう。 

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