『鬼ヶ城』

 

「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として、ユネスコの世界遺産に登録された鬼ヶ城。

数度にわたる急激な地盤の隆起と風・海蝕によって造り出された奇岩地帯。

古くは「鬼岩屋(おにのいわや)」と呼ばれ、有馬氏が山頂に城を築いたのちに現在の「鬼ヶ城」と呼ばれるようになったという。

坂上田村麻呂が桓武天皇の命を受けて、鬼と恐れられこの地を荒らし廻っていた海賊・多娥丸(たがまる)を征伐したという伝説も残っている。

 

切り立った、群れをなす岩と海とのコントラスト。

圧巻でした。

 

 

『花の窟(いわや)神社』

 

720年(奈良時代)に記された日本最初の歴史書である『日本書紀』の神代第一で「国産みの舞台」として登場する日本最古と伝承の残る神社。

社殿はなく、高さ45mの窟をそのまま御神体としている。

世界遺産。

 

 

 

 

花の窟から掛けられたお綱に吊るされた、縄で編んだ3本の幡(はた)のことを「三流(みながれ)の幡」といい、かつて、毎年花の窟の祭りの日に、朝廷から「錦(にしき)の幡」が献上されていたものが、ある年、熊野川の洪水によって流されて以来途絶えてしまい、土地の人がその代わりに縄で編んだ「三流の幡」を飾るようになったという。

 

 

 

「錦の御幡」神事。

 

『産田神社』

 

「花の窟」がイザナミノミコトの御陵。

産田神社は、火神を産んだがために神去った場所として対となる神社。

 

 

「神籬(ひもろぎ)」とは、古代よりみられるもので、臨時に設けられる祭祀の施設、いわゆる「依り代」のこと。

「産田神社」の社殿を囲む瑞垣の両脇にある「神籬」は、日本に二箇所しかないという。

 

お昼は、

「道の駅ウミガメ公園」にて。

鷹もいました。