先日、後輩の太鼓団体『燈』の舞台に大道具として関わる機会がありました。これは、俗に言う『お節介』から始まったことでしたが、改めて「お節介」という行為について考えさせられる機会となりました。

若者の挑戦と支える側の役割

私はアーティストとして世界を巡る過程で、学生時代の苦悩や、独立後の金銭的な厳しさを経験してきました。だからこそ、彼らが何を思い、何に希望を見出し、何を願っているのかが痛いほどわかります。そして私自身も、多くの方々の助けがあったからこそ、今も太鼓に携わりながら人生を歩めています。

彼らのような若者が、自分たちが「最高だ!」と思える作品を全力で創作し、それをお客様に届けることで、多くの人が太鼓に興味を持ち、結果として文化が盛り上がる。歴史が証明しているように、文化の発展や進化を担うのは常に若者です。それを支えるのが、私たち大人の役割なのではないか——そう考えています。

『お節介』の語源と本当の意味

「お節介」の語源を調べてみると、「節」は物事を整える、「介」は人と人との間を仲介するという意味を持つそうです。その行為に敬意を示して「お節介」と呼ばれるようになったとのこと。単なる「余計なお世話」ではなく、本来は相手を思い、助ける行為に敬意を込めた言葉だったのです。

彼らの未来を見守る存在でありたい

私が大道具を担わせてもらったのも、彼らの助けとなりたいという思いからでした。舞台の大道具となるとワンセット80万円以上なんてザラですが、学生や社会人になりたての彼らにとっては決して簡単に出せる金額ではありません。それでも、彼らがやりたいことを全力で実現できる環境を作ることが、次の世代を育てる大人の責務なのではないでしょうか。

だからこそ、彼らの中心に立つのではなく、見守りながら、いきすぎた考えや思想に至ったときにそっと軌道修正してあげられるような、そんな大人でありたいと思います。

「お節介」とは、誰かの夢を支えること。
それが巡り巡って、また新たな文化を生み出すことにつながるのかもしれません。