昨日(5月3日)は福井県護国神社で開かれた、我が国のあり方や現行憲法について考える勉強会に参加しました。

日本とパラオの絆がなぜ強いのかや、憲法においては11条と97条の重複について考えました。

ちなみに11条は、
国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。「この憲法が国民に保障する基本的人権」は、「侵すことのできない永久の権利として」、「現在及び将来の国民に」与へられる。

97条は、
「この憲法が日本国民に保障する基本的人権」は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、「現在及び将来の国民に」対し、「侵すことのできない永久の権利として」信託されたものである。

であり、「」で示した部分が重複しています。

何故これほど重複しているかですが、
実はGHQ草案では97条の条文が本来の11条でしたが、日本側は「表現が憲法の文章としてなじまない」と削除しようとしたところ、GHQ側から「ホイットニー民生局長の手書きの文章であり削らないでくれ、後の章にでも入れてくれ」と要請され、日本は飲まざるを得なかったのです。

これは、GHQと条文についての交渉にあたった佐藤達夫法制局第一部長の手記に明確に記されています。

このような言わば恥ずかしい重複がある憲法を、こうした部分についても改正すらせず後生大事に守るのでしょうか。

この97条を自民党の憲法草案では11条と重複しているため削除していますが、民進党の議員は「97条の削除は基本的人権をないがしろにするものだ」などと批判しています。

これは全くの勉強不足で、歴史を勉強し直してくれと言いたい。

不勉強の議論を国会で繰り返しても中身がないし、深まりません。