小野田寛郎(おのだ・ひろお)さん
お亡くなりになったんですね 91歳
ご冥福をお祈りいたします
僕は昭和44年生まれの44歳ですので
昭和49年ということは
僕が4~5歳の頃に日本に帰還されたんですが
なんとなく覚えています・・・・
子供ながらにそれは凄いインパクトでした
小野田寛郎(おのだ・ひろお)さんは
終戦後もフィリピンに残留しジャングルで
サバイバル生活を続けながら
最後はたった一人戦争を続けていた方です
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%8E%E7%94%B0%E5%AF%9B%E9%83%8E
戦後約30年も!!!
頭のおかしい人ではありません
エリート中のエリートの職業軍人です
我々一般の人々よりはるかに賢い方です
はるかに身体能力も優れていた方です
しかし
餓死しなかったことも、健康状態が良好だったことも
使用する武器が劣化していなかった事も
命令を守り続けた事も、捕えられた後の
フィリピン大統領からの扱いもすべてがすべて
完全に今を生きる我々には想定外です
鼓膜をアリに食われて
耳が不自由になったなんて事も・・・・
ほんと想像を絶します
話は少し変わりますが
小野田寛郎(おのだ・ひろお)さんは
戦死されてと思われていたので
ジャングルで戦争を続けている間は
戦死者として
靖国神社に祀られていたとのこと
当然靖国神社についても
意見されておられます
僕も長年、戦犯は戦犯という戦争犯罪者として認識しておりましたが
(学校でそのように教えられたから)
小野田さんがスピーチで話されていたのを
先日動画配信で聴いたのですが
僕も以前から疑問に感じていたので
確かにな!と思いました
戦争に勝った国が、自分たちに都合がいいように
裁判をして、そこで裁かれた人たちが戦犯です
AだかBだか???
でも・・我々日本人から見て
この人たちははたして犯罪者なのでしょうか??
日本の法律で裁かれたわけではないのですから
微妙ですよね
アメリカなんて、広島長崎東京大阪含め何十万人と
民間人を焼き殺してるわけですし、
ロシア(ソ連)も満州や北方領土で
これも莫大な数の人を殺し
生き残った人はシベリアなどへ連行して強制労働させたんですからね・・・
でも・・・これって戦争犯罪じゃないのね???
東京裁判では関係のない話なんですもの
靖国神社には戦争で亡くなった方が
祀られています
そこに戦犯と呼ばれる方々が
合祀されてるとしても
別に関係ないことですよね?
戦犯・・・だれにとって犯罪者?
僕は戦争で亡くなった方々に手を合わせる行為に
国境も政治も何もないと思います
そして靖国で会おうって
死んでいった方々には
靖国神社ってオンリーワンですもんね
代わりって・・・
もう今さら代わりの施設なんて
ない方がいい
この先 戦争で死ぬ人が
この日本で出たら、嫌ですもんね
だから戦争なんて先の大戦で最後にして欲しいし
そのためにも靖国神社の存在って大切だと思うんです
そして太平洋戦争/大東亜戦争はもう終わったのですから
昨日の敵は今日の友
昔の敵国の方々でも
天国へ召された方には
手を合わせればよいですよね
そのうえで誰もが今の平和を謳歌すれば
平和のありがたさって
もっともっと
凄く感じられるんじゃないかな
そして
未来 永遠に
靖国神社に祀られる若者がいないように
そんな世界を創っていけるように努めたいものです
時折触れますが
僕のおじさん(会ったことないけど親父の兄貴)は
昭和20年の8月12日に
陸軍航空隊の訓練中に 病気になり
21歳の若さでお亡くなりになりました
どうせ徴兵されるなら、志願すると言って
入隊を決意したそうです
昔の写真を見たのですが
BB KINGが使いそうな
いや。。。田端義夫が使ってたような
ギターを抱いていました
*こんな色合いでこんなサイズで
でもエレキではなかった
音楽が好きな若者だったようです
僕のおじさんのお墓は
近所にあるんですが
そんな普通の若者がたくさん
靖国神社には祀られています
http://www.yasukuni.jp/~yusyukan/
国のため(故郷や家族の為)に命を捧げた
若者たちに
手を合わせ、頭を下げる事が
なぜいけないことなんでしょうかね??
小野田寛郎(おのだ・ひろお)さんは
こういうことをおっしゃったそうです
帰国後の小野田寛郎さんの言葉
「私は戦場での三十年、生きる意味を真剣に考えた
戦前、人々は命を惜しむなを教えられ、死を覚悟して生きた
戦後、日本人は何かを命がけでやることを否定してしまった
覚悟しないで生きられる時代は、いい時代である
だが、死を意識しないことで、日本人は生きることをおろそかにしてしまっていないだろうか」
大変深い、重い言葉です
さて 楽しい有意義な週末を過ごしましょうか
*下記画像は上記投稿とは
直接関係ありません
昨年5月
鹿児島の知覧へ行った時の
画像です

































