昭和12年にはじまった日中戦争は、短期決戦どころか泥沼の総力戦へと突入していきます。

戦前から訓練を積んできたベテラン軍犬班は、第二次上海事変の苛烈な市街戦で消耗。内地では民間ペットの購買が拡大され、多数のシェパードが戦地へ送られました。

当時の戦地便りからは、二週間程度の促成訓練を受けただけの兵士による即席軍犬班が乱立していたことが記されています。まだ緒戦の段階で、日本軍犬は内地のペット界頼りとなっていました。

そのような状態でありながら、軍需皮革の調達を急ぐ商工省は犬革の戦時統制をスタート(昭和14年の皮革配給統制規則改正時)。戦時食糧難の到来を予測した農林省も「国民精神総動員運動を利用し、無駄飯を食むペットは毛皮にすべき」と提唱(昭和16年・物価局)します。

「民間ペット界頼りの陸軍省」と「その民間ペット界を破壊しようとする中央省庁」という矛盾した状況への転換点だった昭和13年。

そんな犬界包囲網が形成されつつあるとは露知らず、帝国軍用犬協会と日本シェパード犬協会、日本犬保存会と日本犬協会は不毛な組織間抗争を繰り広げていたワケです。

 

 

今月の犬界は實に恵まれた賑やかな月です。明朗なニユースばかりです。

十五日には帝犬とJSVの本部展が廣島と東京に華々しく開催されます。日本が現有する名犬の殆んど全部がこぞつて檜舞臺に立つて輸贏を爭はうとしてゐる、その壮觀は想像する丈けでも血踊る感があります。

事變下のこの催しは、軍用犬黨をいたく刺激したと見え、東京丈けでも出場希望の豫選に出た犬は三十餘頭の多きを算し、各支部を合せたら恐らく百頭以上に上りませう。

その中から二十餘頭が選ばれて晴れの競技をするのですが、その軍犬精進の意氣が何より有難いと思ひます。

 

五月には又各地に於て軍犬の買上げが行はれます。

その詳細は軍機の秘密とあつて書く自由を持ちませんが、軍犬が軍機の秘密である程度に軍部に於て重視されて來たこと、その事實が私共にとつては非常に力強い印象を與へます。

しかし一歩ひるがへつて考へるとき、果して現在の軍用犬界が、この軍部の大なる期待に添ひ、軍部の要求する犬を潤澤に供給し得るや否や、些か不安に思はれる位であります。

 

犬の展覧會・競技會案内

五月一日 JSV九州支部展 門司市田浦合同バス終點

五月一日 日本ワイヤー倶樂部大阪支部展 南海高島屋

五月三日 帝犬名古屋支部訓練會

五月五日 日保大舘支部展 秋田大舘

五月七、八日 中央畜犬協會共進會 上野公園動物園前廣場

五月八日 帝犬本年度訓練優勝犬競技大會 東京京王電車京王閣横

五月八日 日本犬協會第四回展 大阪住吉區同會専属訓練所

五月八日 日保北海道總支部展

五月十五日 日本テリア倶樂部展 大阪

五月十五日 日本シェパード犬協會本部展 東京瀧ノ川蠶糸學校校庭

五月十五日 帝犬本部展 廣島市市廳舎横廣場

五月十六日 古山正彦氏主催ベロルド同胤展 廣島市

五月十七日 帝犬名古屋支部耐久行進

五月二十二日 帝犬札幌支部産犬展覧會

五月二十三日 帝犬九州支部展並競技會 福岡市城内練兵場

六月五、六日 帝犬北陸支部展並訓練會 金澤市

白木正光「犬界は好調なり」より