2016-10-13 22:02:50

忠犬ハチ公と上野八重子未亡人への中傷事例・昭和11年

テーマ:世相/暮し

「ハチ公は焼き鳥目当てに駅通いしていた駄犬」

「上野未亡人はハチ公を捨てた犯人」

などという誹謗中傷は、ハチ公ブームの最中から飛び交っておりました。ただの秋田犬も、夫を亡くした女性も、四方八方から押し寄せる言葉の暴力に反論する術などありません。

中傷の大部分は「単独犯」によるものでしたが、組織をあげてハチ公駄犬論を唱えていたのが日本犬協会でした(中傷としては後発組ですけどね)。

ハチ公を有名にしたのは斎藤弘。その彼が率いる日本犬保存会へのライバル心を剥き出しにする餘り、自分たちが守るべき日本犬にまで矛先を向けたのです。

日本犬保存会と日本犬協会の仁義なき抗争は、こんなところにまで影響していたんですねえ。

 

両団体のメンバーとも、元々は消えゆく日本犬を守るために集った人々でした。

彼らが一致協力するか、せめて各々の活動に専念さえしていれば、戦時中に失われた日本犬の幾らかは救われた筈なのです。その目的を忘れてナニやってんだか。

ハチ公論の真偽は置いといて、日本犬保存史の汚点として(羅列するのもウンザリなので、代表的なのを選んで)記しておきましょう。

あと、現代日本にはびこるハチ公中傷論の源流がどの辺にあったのか、その当時、どのような品性の持ち主がどのような下心で提唱したのか、分かりやすいサンプルとして眺めるのも結構です。

 

 

小川さん。大へん御無沙汰致しました。

其の後御變り御座いませんか。

夏の間Kさんと云ふ方が見えて、今度小川さんと一流の會を作る事になりましたつて云つてゐましたつけ。それが今度の愛犬會だつたんですね。

僕は一圓の口に入れて置いて下さつてもかもひませんし、入らんでもいゝです。

何にしても病人はつまらんですからね。日本犬もウンと小型を愛玩犬にブリードアツプして見たら面白いと思つてゐますが思ふ丈です。

大型の犬も番犬によきものを五六頭飼つて見たらさぞ愉快だらうと思ひますね。

どうも犬も慾しくなると大へんな事になるもんです。愛犬が死んで自殺した人があるんだから、こんなのはヘチヤラかも知れません。

小川さんも「飼育犬が全部一時にテンパーにでもなつたらきつと○○○になるだろうと思つてゐるですよ。勢紀は訓練成績がよさそうですか。

僕の所で生まれたスコツチ仔犬、菊池寛の所へ行つたらオール讀物の九月号と十月号の口繪寫眞に出てゐるです。見て下さいと云ひたい所ですが生憎ですね。

 

小川さんの今月の論文は僕も大いに賛成するです。

八公(原文ママ)についても全く正しい見方です。八公が野良犬に近いものである事は明らかで、澁谷驛はオマンマにアリツケルからに過ぎないですよ。

〇〇未亡人(※上野八重子氏のこと)は恐らく八公にオマンマを與へなかつたに違いないですよ。犬が好きでない婦人が、大型犬に満足出來る程オマンマを與へる筈がないですからね。

〇〇未亡人のケチンボーが(ケチンボーは一寸皮肉ですが、果してケチンボーであつたか犬嫌ひであつたか、将又転居であつたか、何れにしても犬に對して愛情が淡き為め犬を捨てたか、或は犬の方で主人を捨てたかどちらかでせう)八公をして日本一の忠犬にした分ですね。

 

(註釈:忠犬にしたのは〇〇未亡人ではなく、日本犬保存會が宣傳の材料とした分です。何しろ宣傳博士がゐるからね。それは今度富山の各新聞に學務部長を會長に社會課長を副會長として越の犬保存會を組織し、その保存登録をやると書いてあつた事によつても分かる事で、中々宣傳がうまいです。

遂二、三日前何處かに柴犬がゐないかと探してゐる中、知らせてくれる人がありまして、それへいつて見ると、そこの奥さん曰く之は越の犬ですと。どうして〃寶物扱です。二、三日してからその親犬を連れて行つた人が來ての話しに、あれは飛騨から連れて來たのです。あれに掛けた牡は某の犬です。その某の犬とは富山展で斎藤(弘)、京野(兵右衛門)二氏審査の上入賞した、餘りに有名な退嬰赤鼻犬です。之は能登から來たんださうです。序だから書きますが尚新聞記事によれば越の犬の判定委員は相當経験ある眼識を有するものを挙げて審査に當らせるとの事です。

が、その人とは誰であるか保存會から出張して來るのであるか、それとも富山縣で選定するのであるか、何れでも結構だが斯うした判定審査員が世界の中に一人でもあつてくれゝばよいと今から心配してゐます。して見ると、矢張、捏造宣傳判定審査ですかね。

曰ふが如き越の犬なんて一頭もゐないからね。

若し一頭でも見付けてくる人がありましたら、僕は一萬圓で買ひます呵々)

 

然し八公が日本犬党を煽つた事が大したものだから、此の点では銅像にする價値があるです。

小川さんは日本の官僚が犬に對する理解のないのに憤慨してゐらるゝけれど、その昔チヨイと三百年前には日本の犬は大したもんだつた事も思ひ出して頂き度いですね。

何シロ犬をウツカリ擲つたりすると打首なんて事があつたんですからね。だから、その点ではどうして世界中でどこの國より犬を大切にした國だつたですよ。

漫談は此位でオワリ、御身大切に大いに活躍して下さい」

有漏烏木「雑記帳 古市さんよりの近信」より 昭和11年

 

確かに、「忠犬ハチ公」は時代が作り上げた虚像でした。

ただ、「等身大のハチ公」への疑義や批判に私が頷けないのは、(判官贔屓はモチロンありますが)こんなシロモノを嬉々として受け継いだ戦後世代へのウンザリ感が大きいからなのです。

 

 

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