石狩川河口に佇む。

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札幌市内に住んでいると、車が無くてもあまり不自由を感じない。

家から歩いて300m圏内でなんでも事足りるからだ。

家から地下鉄駅までは50mぐらいだろう。

スーパーマーケットや郵便局は200m、スーパー銭湯は300m、居酒屋は300m圏内に数件ある。

コンビニも100mぐらいのところに二軒ある。

だから、きょう、車がやって来ても、いやあ、首を長くして待っていたんだよ、君を! という感じでもなかった。

まあ、来てくれてありがとう! これで大きな買い物をするのに便利だし、行動範囲が圧倒的に広がるよ、という感じであった。

普段、営業で車にずっと乗って移動しているというのもその原因のひとつであろう。



さて、僕は、車を買うとき、いま振り返ると、肝心なところをチェックするのを忘れていたのだ。

それは、ABSとエアバックが装備されていたかどうか、というところだ。

営業車で冬道を走っていてABSのありがたみを痛切に感じたので、きょう、納車されて来る車にはついていただろうか? と不安になってしまったのだ。

「この車ってABSついてましたっけ」車を運んできたNさんに僕は尋ねてみた。

「ついていないですね」あっさりとNさんは答える。

まあ、昔はABSのような安全装置は無かったんだから、しょうがないな、と思って潔く諦めた。

もちろんエアバックも装備されていない。

まあ、昔はエアバックなんてものは無かったんだから、慎重に運転すればいいや、とエアバックも潔く諦めることにする。

そして、僕は、せっかく車がやって来たので、どこかへ出かけることにした。

向かったのは石狩浜方面だ。

距離にして40km弱の道のりである。自転車なら2時間ぐらいだ。

車で40分ぐらいだろうと甘く考えていたのだが、実際は1時間半も掛かってしまった。

札幌市内の渋滞のせいである。

僕のところからだと、どうしても札幌の中心街を通るので、渋滞にはまってしまうのだ。

どうも、関東以外は渋滞のイメージが無いので、渋滞になると、しんどい。

葛巻に居た頃の東北のイメージがあるので、イライラする。

東北にいた頃、車で移動するのに時間が読めた。

車で一時間走れば、60kmは進むというのが頭の中に出来上がっているので、札幌市内の渋滞がもどかしい。


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それでもようやく辿り着き、冬の海岸線を歩いてみる。

冬の日本海は、波が高く、荒々しいイメージがあるが、きょうはとても穏やかである。

低く垂れ込めた雲と鉛色の海を想像していたのだが、青い空と藍色の海が、僕を歓迎してくれた。

だが、遥か沖で立つ白波が、砂浜に押し寄せてくる光景は、僕に東日本大震災の津波を思い出させ、とても怖い気持ちになるのだ。

それは、冬という季節のせいかもしれない。

いま、ここで大地震が起き、津波が襲ってきたら、僕は、何の術もないだろう、と思うと背筋が寒くなってくる。僕は、遥か沖に、10階建てのビルぐらいの大きな津波が襲ってくることを想像する。

そんなことを想像すると、ここから早く逃げ出したくなるのだが、ここまで来て、北海道一の大河、石狩川の河口を見たくなってしまったのだ。


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そういえば、僕は北海道に18年間住んでいたのだが、石狩川河口に立ったことがない。

こんな冬に、石狩川河口まで歩く物好きは、僕だけだろうと思っていたのだが、遥か前方に人影が見える。

僕は嬉しくなり、その人目がけて近寄って行く。

「こんにちは。あの、すみません、石狩川の河口は遠いですかね」僕はその老人に訊く。

「ああ、ここからだと、そうだねえ、15分ぐらいかな」老人は笑いながら答える。

その笑った老人の顏は精悍で、研究者か学者みたいに見える。

老人の靴が波に洗われている。

「あっ、波で靴が濡れますよ」よく見ると、老人はウエーダーを穿いている。

「ああ、波打ち際をギリギリに歩いているだよ。もう、ぐるっと二時間ぐらい歩いているかな」

老人はにっこりと笑いながら僕に言う。

「そんなに歩いているんですか、ずいぶんと健康的なんですね」

「河口に行くんなら、これから潮が満ちて来るから気を付けなさい」老人は僕の言ったことを無視して、にこっと笑って歩き始めた。

老人と別れて15分ぐらい歩いただろうか、僕はついに石狩川河口に辿り着いたのだ。


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石狩川の向こう岸までは1kmぐらいはあるだろうか、遥か遠くの、工場の煙突からは、白い煙が、石狩のの、物悲しい、冬の空へと舞い上がる。

いま、遥か沖で生まれたばかりの白波が、滔々と流れてきた石狩川の水と合流して、そこで水飛沫をあげている。そんな荒涼とした風景を眺めていると、僕は物悲しくなるのだ。

北の冬景色というのは、どうしてこうも、人を物悲しくさせるのだろう。

そんな荒涼とした景色を見て寂しい気分になったので、暖かい温泉に浸かりたくなったのだ。

僕はいま来た海岸線を戻るのではなく、石狩川を上流に向かって歩き出した。

途中から深い雪の中を漕いで前へと進む羽目になってしまった。

僕は海岸線を戻らなかったことに、後悔し始めていた。

さっき通った石狩灯台が、遥か遠くに見える。


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あそこまで戻らなければならないのか、と思うと気持ちが焦る。

まだ2時ぐらいなのに、太陽は既に西へと傾きかけており、大地を照らす明りも、先ほどまでの強さが無い。

北国を照らす太陽は、頼りなく弱々しい。

僕は、南の島のジリジリ照りつける太陽が、とても恋しく感じる。

それでも、ようやく車へと戻り、温泉を目指した。

入ったのは、石狩温泉番屋の湯という温泉だ。


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浴室は湯気が充満しており、良い雰囲気だ。

僕は温泉に飢えていたのかもしれない。紅茶色の温い湯が実に心地よい。

寝湯があり、ずっと浸かっていられる温さが、肌に心地よい。

ぬるっとした湯は、アルカリ性温泉なのだろう、男でも肌がつるつるしてくると、嬉しくなる。

ただ、残念だったのは、冬期間は露天風呂が閉鎖されているのだ。

露天風呂に浸かりながら日本海を眺め、火照った体を、雪でクールダウンする、なんてことをやりたかったのだ。

東北に住んでいた頃、露天風呂に浸かりながら、降り積もった雪を、露天風呂に投入したものである。

熱い湯が温くなり、火照ったからだをクールダウンするのが、気持ち良いのだが、露天風呂が閉鎖されているので、仕方がない。



久し振りの温泉なので、ずいぶん長湯をしてしまった。

そろそろ家路を目指すことにする。

しかし、すんなりと帰してくれない。

サーモンファクトリーという建物に引きつけられてしまったのだ。

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中に入ってみると、名前の通り、サーモンの切り身や燻製やいくら、とにかくサーモンだらけなのだ。

試食が充実しているので、周りの目線が気にならない人は、ビールを片手に持って回るといいだろう。



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その中で、僕が気になったのが、石狩鮭まんじゅう、という、まあ、肉まんみたいな食べ物である。

話のネタに買って食べてみることにする。

これが実に旨い。

おにぎりの具に鮭が入っていると、幸せな気分になるのと同じで、肉まんの生地にも鮭の存在感を見せつけた、という感じである。ピザまんより、鮭まんが勝っていると、食べた瞬間、僕はそう思った。

僕は鮭まんじゅうを食べ、腹も満たされ、満足して家路へと向かった。

次は、母を連れて行ってあげよう! そんな気持ちの良い温泉であった。