月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。
舟の上に生涯を浮かべ、馬の口をとらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅を栖とす。
古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず。
海浜にさすらへ、去年の秋江上の破屋に蜘蛛の古巣をはらひて、やゝ年も暮れ、春立てる霞の空に白河の関越えんと、そぞろ神の物につきて心狂はせ、道祖神の招きにあひて、取る物手につかず、股引の破れをつづり、笠の緒付けかへて、三里に灸据うるより、松島の月まづ心にかゝりて、住める方は人に譲り、杉風が別墅に移るに
草の戸も住み替はる代ぞ雛の家
面八句を庵の柱に掛け置く。
新校 奥の細道
昭和三十二年三月二十日 第一層刷発行
昭和四十三年四月十日 第十七刷発行
発行所 ㍿白揚社
