市場の中は別世界、クーラーが効いている、額に纏わりついていた汗が一気に引く。
昼時なのか買い物客も少なく<
これならお店でゆっくりとお話ができそうだと思った。
いつもの市場、時間をかけてゆっくり回る、今日は買い物かごを持っていない手ぶらだ。
1週目が終わり2周目にに差し掛かると突然後ろから声をかけられた。
振り向くといつも買い物をする肉屋のご主人がいた。亜希は笑顔で「こんにちは」と挨拶をした。
ご主人はニコニコとして話を続けた。
「今年の夏は特に暑い」「暑いからビールがうまい」「酒は飲むのか?」この問いかけにつられて「少しだけなら」と返事をしてしまい、しまったと舌をぺろりと出した。
ばつが悪く早くこの場から逃げ出したかったのだが、ご主人は放してくれない、なおも話続けてくる。
狙った獲物を逃がすまいと野獣のような目で見つめてくる。
話しているうちにカウンターの中から「エエーン」と咳払いが聞こえた。
店を一緒に切り盛りしているご主人の奥さんだった。
亜希はこれ幸いとどちらに向かってでもなく「ごめんなさい」というと小走りにその場を逃げ出した。
あんなにしつこく男性に話しかけられたのは初めてだ。しかし胸のドキドキとは別に、何かしら下半身がジーンと熱くなるのはなぜなのか?
亜希は今日はこれぐらいにして帰ろうと思った。
店に帰ると、案の定母親と番頭さんが柱の陰で抱き合っているのを見てしまった。二人を見つけた私に開き直った母親は「ちょっと買い物に」と言うと店を飛び出していった。
番頭さんはというと、こそこそと倉庫の方へと逃げ出していった。
あれから母親はいくら待っても帰ってこない。夕方も過ぎて、もうすぐ市場も閉まる時間になるので亜希は再び市場に向かった。
市場の駐車場に差し掛かると、昼間捕まった肉屋のご主人がいるではないか。
ご主人は「もう来ると思って待っていたよ」と言い、車で少し話そうと亜希の手を力強く引っ張った。
車に乗るとさっきの話の続きをしようと言った。何分か話していて、「もうすぐ市場が閉まる時間ですよ」と言うと、今度ドライブに行こうと言って突然キスをしてきた。
亜希はキスだけは経験済だ、もちろんフレンチ・キスだ。相手はいつも公園で子犬を散歩させている時に知り合った近所の会社に勤める青年だった。
2度目のキスなのでそんなには驚かなかった、というよりこの甘い時間がもっと続いてくれれば良いのにと思い、ご主人の手を胸に持っていった。
ご主人は満足そうに振り返りながら市場に戻っていった。