前回は、腹式呼吸にこだわって練習をしていた時期の事を書きましたが、腹式呼吸にこだわるのが決していけないという事ではなく、当時の自分には発声や歌唱という作業の全体像が見えていなかった事で、偏った癖が付いたしまった、という事です。それが、シンガーとしては遠回りにはなりましたが、トレーナー研究者としては、それによって多くの気づきを得る事ができました。

 そして、腹式呼吸にこだわって行き詰まったあとに、こだわりを持ったのが、共鳴でした。

当時、海外の発声研究家の訳本がいくつか出版され出していて(今も出版が続いている本もあります)、特にその中の発声学の二大バイブル「歌うこと(Singing)/フレデリック フースラー」と「The VOICE of the MIND/E.ハーバート チェザリー」に深く影響を受けて、共鳴感覚やイメージすることで声が変わっていくことを強く実感しのめり込みました。

もちろんそれまでも、なんとなくの自分流の共鳴感覚はあり、利用していましたが、専門的に試行調整ながら練習や研究をしする事はありませんでした。

フースラーのアンザッツ理論を今でも歌唱技術のように勘違いして間違った指導している方も多いようですが、僕も初めはそんな魔法のような感覚にとらわれ舞い上がりました(フースラーは、発声器官の動きの拡張のための練習方法として紹介しているだけで、それが彼の理論では決してないのですが、それが隠された歌唱技術化かのように勘違いして、そこを中心に教えているトレーナーさんは要注意です、よく読み直して修正してくださいね)。
また、チェザリーのサウンドビーム理論にはもっと魅力を感じて、のめり込んだのを覚えています。ナチュラルヴォイスという言葉もチェザリーの本に感銘を受けて使うようになりました。(発声理論やレッスン方法は今の僕のものとは違うものですが、自然体こそ声を育てるという概念は同じです)

他にも同時期にアメリカの研究者の講義を受けた時は、さらにアンザッツのような共鳴意識(声当て)を独自の感覚で解釈し複雑にして理論立てている先生もいました。

それらの練習からは、喉の負担のない発声や、力を介さずに声を届ける事、それとウィスパーヴォイスの使い方なども、理解できてきた時期でした。
そして当時はとにかく広角の引き上げと軟口蓋の動きにすごくこだわっていた時期でもありました。

しかし、それでも問題は残り、日によって声のコントロールの感覚が違ってしまったり、特にハイトーンが不安定で、腹式呼吸との連動もはっきりと論理立てて納得できていなかったこともあり、呼吸法と共鳴法のやり取りで、何ヶ月かおきに行ったりきたりを繰り返していました。

 

また、当時は海外も含めて、色々な歌の先生の所に習いに行きましたが、共鳴にしろ呼吸法にしろ、なぜそれが正しい(効率的)なのかを、物理的に論理立てて説明できる人はおらず、経験から自分の感覚が正しいと信じているだけで、他のやり方も深くわかってる上で自分のやり方を選んでいるという人はほとんどいませんでした。
発声学とは一部の人が思い込みでこだわっているに過ぎず、講師レベルでも自分の経験と感覚を継承しているだけで、しっかりと論理立てた教えはどこにも無い。書籍もイメージ的で体験的な理論立てばかりで、誰にでも同じ結果の出るや理論や練習方法など無いとわかってきました。
今考えるとそのことが、自分の勉強の仕方を勉強から「研究」と言える状態にしたポイントだったと思い出します。