能登半島地震が発生し、2日には羽田空港の事故がありました。

自身のブログではなるべく明るい話題をと思っていましたが、僕も阪神・淡路大震災と東日本大震災の二つを経験してるだけに今日は自分が感じていることを書きたいと思います。


高校1年生の冬、3月期早々の早朝に遠くから「ゴォーン…」という音が段々近づき、5秒もしないうちに下からドォーンと突き上げるような激しい縦揺れでベッドの上で身体が何度か舞ったことは今でも鮮明に憶えています。

この時のことがあったためか東日本大震災の発生時はその時働いていた同僚を連れて冷静に迅速に避難することが出来ました。

幸い僕が経験したいずれも震源地より少し離れてはいたけど。阪神・淡路大震災時は直下型、東日本大震災の時も高層ビルたちが大きく横に揺れている光景を目の当たりにした震度6強の地震を体験しました。

阪神・淡路大震災の時は、僕の友人のご親族がこの地震で亡くなられた方もいました。

その時の悲しみはもちろんですが、生き残った家族のその後の心のケアも大変な状況でした。

そんな時に率先してみんなのために動いてくれる人や救助・救援に来られる方、そして、力強く生きようとする子供たちの笑顔が被災地の支えとなります。

阪神・淡路大震災発生時から1ヶ月後、やっと被災地に一般人が入れるようになった時の光景を目にした時、高校生ながら誰かの役に立ちたいと思いました。

さらに1ヶ月経過した時にボランティアで被災地に入りました。被災して僕が出来ることは毛布を運んだり水を配ったりすることぐらいしか出来ませんでしたが、あの時みんなで歌った「上を向いて歩こう」が忘れられません。

簡単のことではありませんが、時間がかかっても必ずまた一歩前へ歩こうとする日が来ることを少しでいいので信じてほしいと思います。

非力ながら一人でも救われたらと願います。

この度は亡くなられた方に御冥福と被災・被害を受けた方々にお悔やみ申し上げます。