平成時代最後のお正月を迎えました。

昨年も多くの方にこのブログを読んで戴きましたこと

大変嬉しく、また大きな励みとなっています。

ありがとうございます。

 

今年もまた、ぼちぼちとですけれど

更新を続けていきたいと思っています。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

昨年12月の後半

4つの演奏会の予定を抱えていまして

頭で考えると(以前の本番を控えた時の緊張を想い返すと)

こんなハードスケジュール、身も心も持つ訳がないんじゃ?

となるところなんですが

実のところ「何とかなるよなー」と

本番のステージをイメージすると「楽しみだなー」と

思っている自分がいて

もちろん緊張はするのですけれど

心の芯はどこかずっしりと落ち着いていて朗らかな日々でした。

 

12月15日早稲田スコットホールにて

終演後、聴きに来てくださったお友達 松尾奏子さんと

奏子さんはポピュラーの歌い手さんです♪

 

12月19日五反田文化センターホールにて

コンクール入賞記念演奏会

伴奏の新道美緒さんと

 

12月23日サントリーホールブルーローズでの演奏会

この演奏会も伴奏は美緒さんに弾いて戴きました

美緒さんには昨年一年本当にお世話になりっぱなしでした(*^^*)

 

サントリーホールのロビーで

終演後にお客様が撮ってくださいました

 

12月28日渋谷伝承ホールの楽屋で

共演の川口翠さんと

 

ほとんどすべての演奏会が別々のプログラムだったため

当日ステージに向かう氣持ちも曲目によってそれぞれ違っていて

おもしろい、まさにエキサイティングな体験でした。

特に最後の渋谷伝承ホールは初の現代曲挑戦で

数か月の準備期間、未だないような脳神経フル活動状態。

 

並行してカウンセリングもヴォイス・レッスンも行なって

毎日夕食などを作ってもいた訳ですが

不思議と忙しいという感じがしなくて

むしろ大変ヒマな毎日を送っているという実感だったのです。

本当に不思議です。

 

でも、とにかく

すべての演奏会を終えて、ふぅーよくやった(*^^*)

と清々しい心持ちでした。

すべての曲目が最高の出来ばかりではありませんでしたが

それでも、まぁ今の私の力はこういうとこなんだろうな、と

納得のいく感じがしていて、疲れはあまり残りませんでした。

 

こんな時、ふと思うのです。

あぁ、やっぱり前の私とは違うな

確実に何かが変わったんだな、と。

 

以前は一つ二つの演奏会を前に

日常生活のすべての活動がストップしてしまう程

なぜあんなに忙しかったのか??

何にそんなに時間がかかっていたのか??

思い出そうとしても、思い当たることがなく・・・・

 

時間的に忙しいばかりではなく

心が忙しく、時の経過そのものが疲弊を募らせました。

身も心も、とんでもなく緊張していて

強迫感に駆られて、練習してもしても不安感は増すばかりでした。

 

そして、終わった後の泣きたいほどの残念な氣持ち・・・・

後悔ばかりで、充実感などとは程遠い心持ちでした。

 

もちろん、これにはジストニアによる発声障害の症状が

大きく、大きく影響していたからに違いないのですが

ここを説明しようとするとちょっと複雑で面倒・・・・(;^_^A

 

鶏が先か、卵が先か、のようなことなんです。

 

緊張の極にあったがゆえに発声障害という病を得ることになって

発声障害で思うように声が出ないから更に緊張する、という

不都合極まりないループの中に居たんだな、ということが

今ははっきり見えるのです。

 

でも、あの頃、自分の過緊張が発声障害を増悪させているんだ

なんて、とても思えなかったです。

 

あくまで

「発声障害」⇒「うまく声が出ない」⇒「緊張」

という図式しか信じることができなかった。

自分が素の状態で緊張しているなんて誰かに言われたら

違うんだってば!!!と非常に腹を立てていました。

声さえ出れば!!緊張はしないんだ

私は度胸は割といい方なんだから、と。

 

でも、治ってみるとわかるのです。

むしろ、その反対なんだな、ということが。

実は「緊張」⇒「うまく声が出ない」⇒「発声障害」です。

 

 

じゃあ、過緊張を解くために

どんな工夫や努力をしたのか?ということになりますが

実は、なーーんにもしなかったのです。

本番のステージへとワクワクウキウキと氣ラクに向かう自分が

ある日、自然と、気が付いたら、あれ??という感じで

既にここに居たのです。

 

瞑想法や自律神経訓練法やイメージトレーニングや

運動したり、反対に身体を極力休めてみたり

抗不安剤を処方してもらって飲んだり

考えられる限りの手を尽くして

緊張を和らげる努力をしていた頃には

まったく届かず、知りもしなかった場所に

今の私は居るようなのです。

 

クライエントとして高橋和巳先生のカウンセリングを受けていた頃

「どうしたら発声障害は治りますか?」

「いつ良くなるんでしょう?」

「先生、治るって仰ったじゃないですか?」

「心が回復した時、声も治るって仰いましたよね?」

何度となく、私はくってかかったのです。

 

先生のお応えはと言うと

 

「ただいま調整中」って札を

首から下げとけば?

 

悲壮感と緊迫感でいっぱいだった私は

へなへなと情けなく笑うしかありませんでした。

 

でも、その頃、私はまだ頑張りたかったのですね。

声を治すためには、努力をしなければ、と思っていたんです。

こんなヒドくこじれた病気を、ラクして治せる訳がない、と。

だから、治すための課題を与えて欲しかった。

課題を貰えたら、どんなにつらくてもちゃんとやり遂げますから

治る為だったら、何でもしますから、どうか課題を!

そんなことを思っていたようです。

 

でも実際は、声を治すための努力はしなかった。

何も頑張らなかった。

いえ、正確には、もう頑張ることができなかった。

心が、もう頑張るのは限界だ、と言っている

それまで聞こえない、あることさえ知らないでいた心の声が

逆らえない程の確かさで訴えかけてくるのを感じてしまって

動くことができなくなった。

 

そして

もう無理だ・・・・頑張れない、頑張りたくない

もう・・・・仕方がない、もう、いいや・・・・

と、頑張りと努力を手放した頃から

(否応もなく離れていってしまった頃から)

声は次第次第に出るようになっていきました。

 

それと同時に、私自身に自覚として上ってきたのは

あら?緊張していない・・・・

こんなにサボっているのに

テキトーに手を抜いているのに。

 

前だったら怠惰な生活を送っていれば天罰が下って

ひどい目に合うとしか思えず恐怖感に慄いていたのに

それが今は

頑張らない、努力しない、手抜きのテキトーな生活を送って

あまり怖れや不安がない・・・・??

 

天罰が下るどころか

努力なし、頑張りなし、テキトーな手抜き毎日は

なんだか知らないけど、とてもよい経過と結果を

運んできてくれるようだ、と知るようになっていきました。

 

物心ついてからの私の頑張り、探求、腐心はいったい何だったのか?

ものごとをうまく運ぶために頑張ってきたというのに

実際は、その頑張り自体が

ものごとをうまく運ばなくしていたとは・・・・( ノД`)

 

でもね、今の私には、自分の頑張りが

もうちょっと違ったふうに見えます。

 

ああ、私は、抜かりなく油断なく常に気を張って頑張るしか

生き抜く術がなかったんだなー、と。

そこにはいつも母の存在があった。

母に認めてもらいたくて、褒めてもらいたくて

一緒に喜んでもらいたくて

これでもか、これでもか、と努力した。

それがわかってもらえなくて、通じなくて

これではどうか?これでどうだ!?と頑張り続けた。

やがて、認めてもらえないことも、褒めてもらえないことも

一緒に喜んでもらえないことも

気持ちを受け取ってもらえないことも

経験的にしっかりさとったのだけれど

その本来の目的はさておいた形で

絶えず氣を抜かず緊張して頑張り続ける生き方だけが残った。

 

私がここまで生きてこられたのは

頑張ってきたからこそなんだ、と

思えるようになりました。

 

その過度の頑張りが

ジストニアという病気の根元に在るのだとしても・・・・

 

いえ、ジストニアになったからこそ

自分の生き方が見えたのだ

発声障害が私に教えてくれたのだ、と

そんなふうに思えるのです。

 

 

治療の過程で、頑張れない日々はひどくツラいものでした。

頑張ることだけが生きる術だったのに、頑張らないとなれば

それはすなわち死ぬことだからです。

 

毎日、死んでいく自分と共に

それでも身体だけは息をしながら存在し続けることは

生きながら死んでいく苦しみです。

 

それでも、死ぬと、生まれるのです、新しい自分が。

確実に、心の回復は訪れます。

それは、思考や、記憶や、経験や、知恵を超えたところに在る

その人しかできない、その人の心しか知り得ない

その人だけの生き方です。

だから、それは自分以外の誰も教えてくれない

教えられない。

 

これを師匠 高橋和巳先生が仰るのだと思います。

「カウンセラーがクライエントの生き方を導こうなんてしたら

セッションは失敗だよ」と。

 

心理療法としてのカウンセリングがホンモノであれば

クライエントの心が自ら苦しみを解いていくようになります。

非常に論理的に、非常に自動的に、とても自然に

回復は確実に起こります。

 

 

その生き方が、当然のように、ごく自然に

自分の中から生まれ出てるくとき

人は幸せと、これでよし、というこの上ない安心感と満足感に

包まれるのだと思います。

 

 

 

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