ショートステイを利用するにしても

介護付き有料老人ホームに本入居するにしても

これまで診て戴いていた主治医の先生に

既往症や服用しているお薬などを明記した「情報提供書」を

書いて戴く必要があります。

 

また、肝炎や結核など

感染力の強い菌・ウィルスを保持していないか検査し

その診断証明書も提出しなければなりません。

 

各方面に手続きを進めながら

母のかかっていた病院に事情をお話し、予約を入れました。

 

車で10分程の病院ですが

その頃は。食事の時にベッドの上で上半身を起こすのももう嫌だ

シンドイ、と言っていましたので

自家用車でも、普通のタクシーでもなく

病院の予約を入れると同時に介護タクシーを予約しました。

コチラから予約を入れました。

 

手配した自前の車椅子がまだ届いていない状況だったので

介護タクシーの車椅子無料貸し出しサービスが

とてもありがたかったです。

 

病院の予約時刻の30分前に介護タクシーに迎えに来てもらい

車椅子を借りて、部屋で母を車椅子に乗せ

それを持ち上げて、庭へ通じる掃き出し窓から移動し

裏口へ出てタクシーの電動リフトに載せるという手順です。

 

病院に到着したら、リフトで降ろしてもらい

その間に病院の車椅子を貸し出してもらい

乗り換えさせます。

 

検査のおおよその所要時間を計算して

介護タクシーのドライバーさんに

「○○時くらいになると思います。

出られる時間がはっきりわかり次第電話を入れます」

と伝えました。

 

ありがたいことに、病院への往復の「送迎」のみで

病院にいる時間は「待機」と計算されることなく

精算してもらえました。

 

詳細な段取りを組んで実行していくのは

私の割と得意とするところで

もちろん、計算通りにならないことも度々起こりますが

その場その場で予定に小さな変更を加えながら

とにかくも施設入居への諸手続きは着々と進んでいきました。

 

 

 

手配はします。

手続きもします。

段取りも組みます。

精算もします。

必要なものを買い揃えもします。

判断も、決意も、決断も私がします。

長女としての役割は精一杯果たします。

 

けれど、この間、私は母の身体に

直接触れることを、敢えてしませんでした。

 

おむつ替え然り、食事の介添えも

車椅子に載せるときも、車椅子を乗り換えるときも

病院に着いたあと、待合室でも

診察室に入ってからも

 

その後、施設に入居するまでの間

いえ、入居してからも

私は母に触っていません。

 

ずっと立ち合いはしていますが

病院でも母の載る車椅子は、ずっと

介護ヘルパーさんに押してもらい

私は車椅子に触ることさえ一度もしませんでした。

 

病院の往復は、私と介護タクシーのドライバーさんとで

何とかなるだろうとはわかっていました。

けれど、病院の予約が取れた段階で

介護タクシーの予約と同時に、即座に

介護ヘルパーさんに病院への付き添いをお願いしました。

 

準備から、移動、病院での待ち時間、検査・診察時間、帰宅まで

ずっと身体介助をお願いするのですから

少なくとも3時間以上になるだろうと見積もりましたが

それでも、私は自分で母の車椅子を押すことを選びませんでした。

 

頭でどうすべきか考えての結論ではありませんでした。

思考が働く以前の、自明の決定事項のような速やかさで

心は既に決まっていたのでした。

 

 

 

一度、私が仕事の為に実家へ行ったとき

たまたままだ介護スタッフが到着しておらず

どういう成り行きか、おかしな恰好のまま身動きがとれずに

困っていた母の身体を、母のリクエスト通りに立て直したことは

ありました。

 

その時の私の感覚は

“立てかけておいた箒が倒れていたので、元通りに戻した”

というような、なんと言いましょうか・・・・

あまり感情や心のこもらない動作だったように思います。

 

母の身体に触れることに特段の愛情もこもらないけれど

かと言って、それほど嫌悪も感じなかったのです。

 

それでも、人の手を借りられる場合ならば、借りよう

その為にお金がかかっても、それは、いい

自分にとってこれが正しいお金の使い方だ

という確信がありました。

 

私が母に対してつい3年ほど前の感覚を

未だに持っていたとしたら・・・・

⇒『美しい人

 

いくら虐待してきた母親と言えども

おむつ替えをしない自分を責め

食事の介添えや、病院での身体介助くらい

子として、母親にするのは当然のことだ、と自分を叱咤し

 

かわいそうと思い、気持ちを注ぎ、優しい言葉を掛け

そこに無理があることに心のどこかで氣づきながら

それを感じてはいけないものとして緊張し

いまだに痙攣や硬直や声の詰まりに苦しんでいたのではないか

そんなふうに思います。

 

私が、今、そのようにしないのは

私の心が、それをしたい、と望んでいないからです。

 

私は、自分の心に従って、正直に

母に対してやれることを、やった。

ただ、それだけのことなのです。

 

そして、それをしない私を、母は責めないどころか

悲しまないし、傷つかない。

私の心の変化に氣づいてもいないでしょう。

 

 

 

小さい頃、あんなにつないで欲しかった母の手を

私は、もう、握らない。

握ろうと思わない。

握りたいと思わない。

つなぎたいと、感じない。

 

悲しいことでしょうか?

・・・・もしかしたら、ある側面から見れば

悲しいことなのかもしれません。

 

でも、私の心は悲しんでいないのです。

清々しいばかりです。

ホッとするばかりです。

 

それは、私の心が

呪いから解けた

と言っていいかもしれません。

 

或いは、

ファンタジーから目覚めた

と言えるかもしれません。

 

 

 

迷いなく介護施設入居へまっしぐらに進んだ

私の心と行動でしたが

実は、この後、自分でも予想だにしなかった

大揺れを体験することになったのです。

 

つづく・・・・

 

 

 

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