毎日、何かしら入っている仕事のスケジュールを縫うように

施設探し、ショートステイやそれに纏わる諸手続きを

着々と進めていく中

 

肝心の母の状態は、衰えが日に日に進行していくのが

はっきりと見て取れました。

 

トイレへは自力で行けるから大丈夫、と言っていた母ですが

粗相が続いて

これはおむつへ切り替えるしかない、となりました。

 

私自身で母のおむつを替えるという考えは

1%もありませんでした。

また、実際問題としても、仕事をしながらの介護は

無理でした。

 

施設入居を前提として、入居までの身体介助を

介護ステーションにお願いすることにしました。

 

その自費契約を新たに結ぶ際・・・・

 

母本人と、私と

母の担当ケアマネージャーさんと

介護ステーションの担当の方と

これは偶然なのですが

それまでお掃除など生活サポートをお願いしてきた

シルバー人材センターの方も

ちょうど来てくださる日と重なっていて

5人が実家に集まることになりました。

 

まず、生活介助の場合は30分でいくら

身体介助になると30分でこれだけ、という費用の説明が

介護ステーションの方からありました。

 

介護保険枠でお願いしていたお買物サービスなどとは

桁の違うお金のかかり方ですが

その時点で既に

自力でトイレに行くことを諦めていた母の介護には

それくらいの出費は当然だろう、と

私は納得していました。

 

けれど、ショートステイの手続きを進めているとは言え

いつまで自宅介護が続くか不透明なこの段階で

正直なところ、母の生活が不便・不健康にならない範囲で

できるだけ介護スタッフに来ていただく時間を短く済ませたい

というのが私の気持ちでした。

 

それに、実際問題として

介護ステーションからは、既に在宅介護のお年寄りのお宅へ

毎日決まってスタッフが通ってシフトが回っている訳ですから

限られた人員が、急遽身体介助の必要になった母のもとへ

どれだけコンスタントに来てもらえるか?という側面からも

打ち合わせを行う必要がありました。

 

食事は当然のことながら日に3回

私が、ちょっと火を通したり温めたりすれば

母に無理なく食べられるものを用意・補充しておいて

介護スタッフの方が来たら

それを食べさせてもらうようにすることにして

では、おむつ替えはその3回で足りるものなのか?

そのへんのことが私にはわかりかねました。

 

ケアマネさんと、介護ステーションの方とが

最初はこのくらいの時間を空けて、日に3回ずつ

一度につき、なるべく60分以内で介助を続けていく

という案を提示して下さり、私もそれで何とかなるものであれば

当面はやってみようという氣持ちになっていました。

 

「スタッフのシフト状況もあり

毎日同じ時間に同じスタッフが通ってくることは難しいかもしれません。

それでも、必ず日に三度ずつ来るように組んでいきます。

その際、事前に娘さん(私のことです)へ

明日は朝何時に誰々が、昼は何時に、夕は誰々が何時に

というふうに必ずご連絡を入れて、シフトをお伝えします。」

と言ってくださいました。

 

それぞれが専門家だなぁ、と当たり前のことながら

緊急の要件に対して、適切に話し合いが行われつつあることに

安堵しながら

横に座っている母に「当面、これでいいわね?」と

ふと声をかけちゃったんですね、私(^^;)

 

それまで無言で座っていた母が、突然ボソッと・・・・

 

「わたし、もう小さい頃に戻っちゃった・・・・

何にもわからなくなっちゃった・・・・」

 

そう呟きました。小さな声でした。

今思うと、これは母の予告的宣言だったのだと思います。

私は、これから“地”を出すわよ、という・・・・。

 

次の瞬間、リビングに響き渡る大声で

「難しいことは、どうでもいい!!

めんどくさい話なんかするな!

わたしの好きなようにするの!!

みんな、私の言う通りにしろ!!!!

一日8時間、ずっとここにいて待機しろ!

私が呼んだらすぐ傍に来て、言いつけ通りにして!

何でも私が一番いいように、するのーー!!!!」と叫びました。

 

隣のキッチンで床の掃除をしていたシルバー人材の方が跳んできて(笑)

(この方が、その日居合わせた人の中で母との付き合いが一番短いのです)

「そんな、無理なこと言っちゃ、皆さん困るじゃないですか。

お嬢さんも、ここにいる皆さんも、全員が先生(母はシルバー人材の歴代の方に自分のことを「先生」と呼ぶように、と言っていたようです)の為に一番いいように、と思って話し合ってるんですよ」と・・・・。

 

皆さん、本当にまともで、いい方ばかりです(笑)

 

母との付き合いが長いケアマネさんと介護ステーションの担当の方は

苦笑いというか、なんと言いましょうか

微妙な表情で黙っておられました。

母のことをよくわかっていらっしゃるので

そこで何か発言したとしても、何もいい方向へ行かないことが

お判りになっているようでした。

 

そして、私は、と言うと・・・・

 

また出たよ、コレだよ、と心のどこかで思うのと同時に

自分の氣持ちがちっともかき乱れていないことが他人事のように眺められて

ちょっと不思議な感じがしていました。

 

これまでも幾度となく、このような母の言動を

目の当たりにしてきました。

 

その度に、私は消え入りたくなるくらいに恥ずかしく

周囲の方へ申し訳なく、肩身が狭く、身の縮む思いで

同時に、母の怒声に神経を直接触られたように慄き

怯え、どうしていいかわからず混乱し

それでも平静を保たなければ!と力が入り

緊張が極限に達し、ジストニアの症状である全身の硬直と

ひどい痙攣で、声はウッと詰まり、頭は真っ白になる・・・・

 

と、こんな具合だったのです。

 

しかし、今回のその時は

自分でも驚くほどに平静でした。

横で怒声を上げている母へ顔を向け

じっと母の目を見ました。

 

あなたがどんなに喚こうと、周りのまともな大人が話し合って

適切に行動していきますよ、という気持ちでした。

1分ほど、母の目を見据えて黙っていたでしょうか。

 

母は、静かになりました。

そして「それで、いい。そうしてちょうだい。」と言いました。

 

私の視線が厳しかったのでしょうか?

或いは、母の怒声に誰も狼狽していない様子を感じて

これは自分の言い分は通りそうもないな、と察したのか

その後の母はケロッとした様子で

「何にしても、ありがたいことだわ」などと言うのでした。

 

 

 

この出来事のあとも

母の介護や施設入居の為に

大変多くの初対面の方とお話したり、契約を結んだり

お願いをしたりと、無数の人々との関わりを経験しました。

 

そのどれもが、まともでスムースで真剣で誠実でした。

 

世の中は、とてもまともに運営されているな

この世界は、誠実で真心を持った、真面目な人々で成り立っているんだな、と

改めて感動しました。

 

感動?それって当然でしょ?と思われるかもしれませんが

過去の私の目に映るこの世界は、しかし長い間

不誠実で、意地悪で、理不尽極まりないものでした。

 

その世界を見ていた頃の私は

 

何をどう尽くしても

心を受け取ってもらえない母親との関係の中で

母親とうまくやっていかれない自分には

なにか重大な欠陥がある、と漠然と信じ込んでいました。

 

私が、いけない

私が、おかしい

私が、足りていない

 

そんな私に、周囲が思いやりをかけてくれる訳がない

そんな私を、誰かが大切に思い、誠実を尽くしてくれる訳がない

そんな私は、まともで当然な待遇を期待してはいけない

 

こういった想いが、言葉にはならないけれど

心に満ち満ちていたように思い出されます。

 

 

母の知的能力障害を知り、その障害の理解が深まるにつれ

私が信じていた「自分の重大な欠陥」は

実はそうではなかったんだ、と氣づいていきました。

 

それと同時に、私の目に映る世界観も

まったく違ったものに変容していったのです。

 

世の中は、温かい

 

真心があちらにも、こちらにもある

 

みな、真剣に、真面目に一生懸命生きている

 

この世界は、とっても、まとも ♡

 

その当然と言えば当然の事柄が

実は私にとっては、まだ非常に新鮮な感動なのです。

 

新たな人生を歩み始めて、まだ数年しか経っていないので(笑)

 

 

まだ、このシリーズは続きます(*^-^*)

 

 

 

声からアプローチする♡心と身体を解放するヴォイス・レッスン

3月・4月の開催スケジュールは⇒コチラから

 

 

 

古い「思い込み」の解除

「習慣」の書き換えの

具体的な手法を知ってみたい方は・・・

 

☆無料メールレター☆

【今すぐ始めて一歩ずつ

 不都合な習慣を書き換え、人生を変える】

 

ご登録は⇒コチラから(*^-^*)