前回の更新で、最後に「つづく…」と引っ張っておきながら

また1週間以上あいてしまいましたが

ほんとに、続きです(^-^;

 

私たち夫婦は、大晦日を私の実家で母と過ごし

年越しをしてから

お正月は二人で冬の安曇野へと旅行へ参りました。

 

夏の安曇野旅行の記憶が素晴らしく素敵で愉しかったので

「いつか、冬の安曇野も味わってみたいねぇ」と

かねがね話していましたので

念願叶ったわけです。

 

夏の安曇野旅行の記事は⇒コチラ1コチラ2

 

雪は予想ほどに積もっていませんでしたが

借りたコテージ風一軒家には暖炉があり

そこでぬくぬくと読書したり、ウトウトしたり

 

 

 

 

お昼はちょっとドライブし

美術館を愉しみ、お目当ての素敵な薔薇のタルトを堪能し

優雅なひとときを味わったり

 

 

 

夕方からはまたコテージに戻って

引いてある温泉に浸かり

夕食は近隣のホテルから

信州牛と安曇野野菜たっぷりのケータリングを頼み

自分たちで火を入れてビールや焼酎と一緒に

たらふく戴きました。

 

 

「あー!(*´▽`*)愉しかったね~、しっかり休養できた」と

大満足でチェックアウトしたその時

携帯に留守電があることに氣づきました。

 

母から

「さっきリビングで尻もちをついたら、立ち上がれなくなっちゃったの、起こしに来て、すぐ来てください。お願いします。」

というものでした。

 

時刻を確認したら10分も経っていないので、ちょっとホッとし

折り返し電話をしたのですが

なぜか携帯の電源を切ってる母( ̄▽ ̄;)

これ、よーくあるんです。

電話をください、とメッセージを入れておいて

すぐコールバックすると、電源OFF・・・・

携帯電話は発信機だと思っているんでしょう。

 

で、出られるのかどうなのか定かでありませんでしたが

固定電話の方にかけたら、しばーらくの呼び出し音ののちに

やっと母が出ました。

電話のところまで這って行ったようです(-_-)

それなら携帯が手元にあるんだからonにしておけばいいのにね。

 

まぁそれはともかくとして

話ができる状態だったので良かったと思い

伝えるべきことを伝え、尋ねるべきことを尋ねました。

 

「今からそちらへ急いで向かうけれど

距離が相当あるので

(旅行に行くとか、どこへ行くとか数年前から

自然と母にいちいち言わなくなりました。

訊かれれば隠さず話しますけれど

訊かれなければこちらから今度のお正月は◉◉で過ごすのよ、とか

言わないんです。)

早くて3時間、渋滞があれば4時間かかるかもしれない。

それまでトイレにも行かれないでは困るだろうから

ケアマネさんに電話をして、向かってもらうよう頼んでみる。

玄関は無理だろうけれど、リビングの掃き出し窓の鍵は開けられそう?」

 

母は、案外ケロッとした声の様子で

「大丈夫、窓の鍵は開けられる。尻もちついただけで怪我もない。

ただ、立てないのよー」ということでした。

 

折しも、仕事始めの1月5日(金)でした。

東京へ急ぎ戻る車の中から祈るような気持ちで

母がお世話になっている地域支援センターへ

電話をかけました。

 

運よく、母のケアマネージャーさんがいらして

「うん、じゃあ今からすぐに向かいますね。

怪我がなくて良かったですね」と言ってくださったので

本当に拝みたくなるほどありがたかったです。

 

その後もたびたびケアマネさんとやり取りをして

30分後、母が無事に立たせてもらい、怪我のないことを再確認し

一人でトイレにも行って、今はご自分で淹れられたコーヒーを

飲んでます、と報告を受けて、やっと一息( ´Д`)=3 フゥ

 

予想外に道がすいていて

私たちはケアマネさんが戻られて1時間後に

自宅に戻るより前に実家に到着

母の様子をこの目で確かめました。

 

この時も、リビングの椅子に腰かけ、何事もなかったかのように

テレビを観ながらお菓子か何か食べていました。

 

念の為、病院に行かなくても大丈夫なの?と声を掛けると

「大丈夫。どこも痛くないし。

立ち上がれなくなっただけ。

もう転ばないようにすれば自分で何でもできる」と。

 

それなら、ということで

私たちは旅の荷解きをしに、自宅マンションの方へと

帰りました。

 

母の筋力の衰えは、ここ数年確かに少しずつ進行していて

介護保険枠で通っていた週2回のデイケアセンターも

ある日突然「もう辞めたから」の一言で行かなくなって以来

いつかこの足腰の弱りは、立てない歩けないの状態へと

なっていくのだろう、ということはわかっていました。

 

その時が来たのか、それはもう少し先のことなのか?

一抹の不安はありましたが

本人が「一人で何でもできる」と言ったその言葉を

私は敢えて採用しました(笑)

 

だって、こちらが良かれと思って先手を打ったりしようものなら

返って来るのは文句や罵倒や、とにかく“キレる”という現象なので

母自身が具体的に「~してほしい」と言うまでは

彼女の言葉をそのまま

「ああ、そうなの」と受け取るに限るんです(^^)

 

で、「~してほしい」の~が、私ができ兼ねることであれば

絶対しません。

私自身がそれをしたくない、と思えば

理由の説明も、説得も一切なし

とにかく、しません。

「それはしたくない、だから、しない」と母に言うのみです。

どんなに文句を言われても

キレられても、ののしられても、です。

 

なんでこんなことを書いているかというと

この後、まさにこのような出来事が現実に起こってくるからです。

 

その時の私自身の揺らぎなさは

ちょっと自分でも笑ってしまう程で

迷いなく、躊躇いなく、氣を病むこともなく、胸の疼きもなく

自分のやるべきことをひたすらに遂行していきました。

 

恐らく5年前の私ならば

母がどんな無理難題を押し付けてきても

何とかそれを叶えたいと腐心したでしょうし

実際には実現不可能のことを母が望めば

やってあげられない自分を責め、心は痛み

罪悪感や無能感に苦しんだということは

火を見るより明らかです。

 

それは、かつての私の

母へのスタンスでした。

長いこと、そのようにして私は母に尽くしながら生きてきたのです。

 

でも、今の私はかつての私とは違う生き方をしています。

 

身内として、娘として、身元引受人として、最善は尽くす

だけどできないものはできない

私自身がしたくないことはしない

 

これが私の母に対するスタンスです。

 

 

さてさて、安曇野の旅行から戻った私たちが

実家経由で自宅マンションに戻り

「愉しくても旅の疲れはあるね、早めに寝よう音譜」ってことで

ぐっすりと眠り込んでいたその夜中

また次の事件が起こっていたんです。

 

ははは、また引っ張ります(*´▽`*)

 

つづく・・・・

 

 

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