瞑想

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それでも歌って暮らしたい-千夜子4歳


高橋先生の「アーユルヴェーダの知恵」を読んで、一番先にやってみたい!と思ったのは、瞑想でした。


ヨガ、瞑想…と続くと、「う~んむっ これは何だか怪しい…」と思わないでもないですね。

実際、夫は私の毎日やっている事を胡散臭そうに横目で見つつ「あっちの世界へ行っちゃった訳ね…さようなら」とか行って、考えの相容れなさを表明していました。

半年経った今でこそ、旅行先でも瞑想を朝夕20分ずつする私を“放置”という感じで、まぁ容認してくれているようですけれど…。


私自身、宗教的なことやスピリチュアルな話題などにアレルギーと言ってもいい程の嫌悪感があるので、夫の反応は分かり過ぎるほどよく理解できましたし、もし夫が「どれどれ、自分も…」な~んて興味を示し始めたら、引いてしまったと思います。


信仰心は尊いものですし、どなたがどんな信仰を持っていようととやかく言う筋合いではまったくありませんけれど、私自身は特定の信心を持っていません。

ですから、高橋先生の本を読んで非常に興味を惹かれたと同時に、コレは大丈夫なものなんだろうか?とちょっと二の足を踏む心境でもあったのです。


そこで、高橋先生に率直にその辺の事を訊いてみました。先生も「僕も宗教の匂いがすることは得意ではないんだよね」と前置きされた上で、私の病気の状態にとって瞑想をすることがとても有効であると思う、と推して下さいました。

具体的にどこにどのように習いに行けばよいのか、推薦するセンターを教えて下さり、「お金もかなりかかるし、宗教がかった部分もない訳じゃないけれど、あなたにとって瞑想は大きなメリットがあると僕は思うから、その本質的な部分に集中して行ってみたらいいんじゃない?」と。


本には、先生は瞑想法を習得してからずっと実践されていて、非常に大きな恩恵に与られているように書かれていますし、それほどまでに私の症状に効果があるかもしれないと考えられるのであれば、先生から「こういう瞑想というのがありますよ」と教えて下さってもよさそうなものですが、そこが如何にも高橋先生らしい。私から話に出さない限り、決して自分から話は振らないのでした。


とにかく、そのようにして他でもない高橋先生のお墨付きを頂きましたので、信頼して瞑想を習いに参りました。


私が瞑想を学ぶ為に通ったのはコチラ です。詳しい事はリンク先のサイトをご参照頂ければこれでもか、と説明が書かれています。実際の瞑想の方法は受講料を払っていくつかのステップを続けて受講する為にセンターに通う必要があります。


瞑想の方法自体は至極簡単で小さいお子さんでも実践できるそうです。また、効果を信じる信じないにかかわりなく、ただ習慣的に毎日20分ずつ朝夕に座って瞑想するだけで、ちゃんと効果を実感する事ができます。


私に関しては、講習に通っている途中からすごく心身が休まる感じを味わいました。イライラした気持ちがどこかへ飛んでいって消えてしまうような、小さな事にびくびくしたりしなくなり、安心して今いる場所に落ち着いていられる感じ(例えば駅で電車を待っている時でも仕事場でも、もちろん自宅でも)がし始めました。何より、大きく症状が出ている日でも、20分の瞑想実習が終ると、痙攣は信じられないくらい減少しました。


説明によると、人の心身の不調は神経系の疲労、または捻じれのようなものだそうです。そこに至るにはそれぞれの理由があり、環境や教育や自信の思い込みなども影響しているのでしょうけれども、瞑想はその神経系の捻じれを元に戻し、疲労を癒し、短時間で本来あるべき心身のバランスを取り戻すのに大変有効な手段であるということでした。ですから、何も病気のある人の為だけのものではありません。


これから書いていこうと思っているこの半年間に起こった数々のことの中で、瞑想ほど私の心的状態を安定させ、幸福感を思い出させてくれたことはありません。たとえ、ジストニアという病気が私から消えてなくならなくても、この幸福感さえ我がものとしてこれからの人生を生きていかれれば、大いに満足です。


ジストニアが治らなければ、私は幸せにはなり得ない、声が普通に出て歌えるなら、今ある幸せをすべて投げ出しても構わない、歌えさえすれば!どんな不幸でも我慢する。…というのがそれまでの私のスタンスでした。今考えると「健康になる為なら死んでもいい」という冗句に近いものがありますね汗


この考え方こそが、ジストニアという病気の根源であったことが今は分かります。こうした思考からの転換が、すべて瞑想ひとつによって引き起こされたのかどうかは断言できません。何しろこの頃ヨガの気持ちよさを毎日味わうようになっていましたし、カウンセリングに通い始めてから一年が経った時期でもありました。他にももろもろ実践したことがありましたから、総合的に心身に働きかけた何かがあったのかもしれません。


でも、瞑想を学んで以来、今日も、そして明日からも、朝夕20分ずつ私は瞑想を続けると思います。


次回は、アーユルヴェーダの神髄ともいえる「脈診」を受けた経験を書くつもりです。