出産は女の大仕事。ひいては家の一大事。
ヒジンさんを安静にさせるためにも、家族…特にアン・ジェさんには、理解と協力をしてもらわなくちゃね。
「ヒジンさん。赤ちゃんが安定するまではダメだからね。アン・ジェさんにも言っ……えっと、ヨンから伝えてもらうから」
「? 何を…… あ…」
分かりました……
頬を染めたヒジンさんが、蚊の鳴くような声で答えた。
「とにかく、今は安静にする事。薬を飲んで出血が収まるまではね。さぁ、横になって」
私は、すやすやと眠っているウクの隣へと、ヒジンさんを促した。
「お客様を放って寝てなどおられません」と言って、起き上がろうとするヒジンさんと、「勝手にやるからお構いなく、よ。いいから寝てて」と、返す私の攻防が続く。
そうこうしてる内に、モゾモゾ動き出したウクが、ふにゃりと目を開けて泣き出し……
ヒジンさんと2人で宥めているところへ、部屋の外から声がかかった。
「オンマ……」
「医仙、入っても構わないか?」
なかなか客間に戻って来ないのを心配したのか、ミンジュとアン・ジェさんの遠慮がちな声……
「どうぞ。診察は終わったわ」
「ありがとうございます、医仙。ヒジナ、大事ないか?」
泣きじゃくるウクを抱き上げ、背中をトントンとあやしながら、ヒジンさんが穏やかに微笑む。
「大丈夫だと言ったでしょう?医仙様にもそう言っていただきましたから」
「良かった……医仙、礼を言います」
アン・ジェさんにまた頭を下げられてしまった……
「ヒジンさんも赤ちゃんも大丈夫ですよ。ただ、しばらく安静が必要なの。それであの……あら、ヨンは?」
我が夫を探してキョロキョロする私に、ミンジュが「ヨンおじ様は、向こうのお部屋でお待ちです」と、しっかりと答えた。
「分かったわ。ちょっと待っててください」
泣き止まないウクを、家族総出で宥めにかかるのを背に、私はヨンを迎えに客間へ向かった。
“アレ”については、私の口からはちょっと……ここはヨンの出番だわ。
私が客間に着くと同時に部屋の扉が開いて、「終わりましたか?」と、ヨンが顔を出した。
驚く私に、イムジャの足音がしたので。と、柔らかな笑みを浮かべる。
「それが、終わったんだけどまだなの。貴方にお願いがあって」
私は内緒話のために、ヨンの耳元へ顔を寄せた。
ヨンと2人で奥の寝室へ行くと、泣き止んだウクが、アン・ジェさんに抱っこされてご機嫌になっていた。
「可愛いわね。私が抱っこしたら、また泣くかしら?」
私が両腕を広げてみると、ちょっと考えたような顔で……ウクが小さな手を伸ばし、私の懐にやって来てくれた。
ひぁ〜♡ 可愛いぃ〜……
私は、その柔らかさを堪能しつつ、ウクを抱き上げ、片方の手でミンジュと手を繋いだ。
「ねぇ、ミンジュャ。向こうのお部屋にお菓子があったでしょう。アッパとオンマは少しお話があるから、先にいただきましょ」
「はい、医仙様」
「おかしー!」
「はいはい、ウクもね。じゃあヨンァ、先に行ってるわね」
「はい。分かりました」
寝室を出る私の目の端に、アン・ジェさんに耳打ちするヨンの姿が映った。
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私は、ミンジュとウクと一緒に、お菓子を食べながらヨンを待っていた。
早々に戻ってきたヨンにお茶を淹れ、どうぞ、と勧める。(他人の家なのに…)
「アン・ジェさん、分かってくれた?」
「はい。奥方と話したそうだったので、置いて出てきました」
「ありがとう、ヨンァ。まぁ、あれだけ可愛い奥さんだもの。大事にしてるのが伝わるわ。
……ねぇ、ヒジンさんていくつなの?すごく若く見えるけど」
「確か…10ほど下だったと思いますが」
「えっ?! じゅ…… えっ! 23歳??
……ミンジュが6歳だから、」
「もうすぐ7歳になります、医仙様」
「え、じゃあ、16で産んだの??……わぁ……可愛いくて仕方ないはずだわ……やるわね、アン・ジェさん」
「何を納得しているのですか」
「だって。ヒジンさんて本当に可愛いんだもの。若くてお肌もツヤツヤだし、」
「——俺の妻は貴女だけです」
唐突にヨンが、ぴしゃりと言った。
え? と、私が目を瞬いているのへ、「貴女だけです」と、更に目線を合わせて、射抜くように見つめてくる。
「ヨンたら。どうしたのよ、急に……」
ミンジュが何事かと見上げるものだから、私はしどろもどろに、何でもないのよ、ミンジュャ。と笑って誤魔化す。
「放っておくと、ろくな事を考えませんね、貴女は。お見通しです」
「何の事?」
「どうせ、私は若くないだの、あんなに可愛くないだのと……どうでも良い事をおっしゃりたいのでしょう。時間の、思考の無駄です」
「………」
「他の女子(おなご)など、ましてや他人の妻などと、比べる必要も興味も無い。俺は、貴女ひとりの事で忙しいので」
——いいですか。大事なこと故、申し上げました。
頬の熱を自覚した私の横で、ミンジュとウクは美味しそうにお菓子を頬張っている。
そして、やっと私から視線を外したヨンは——
……妻への愛を熱く告白しておいて、何をしれっとした顔でお茶を飲んでるの、この男(ひと)は……
もう。
大好き。