「16歳の合衆国」(The United States Of Leland)2003・米
16歳の少年リーランドはある日突然、
知的障害を持つ少年ライアンを刺し殺してしまう。
ライアンはリーランドの恋人ベッキーの弟。
リーランド自身も一緒に遊ぶなどよく面倒を見ていた。
周囲の誰もが衝撃を受ける中、彼は逮捕され、矯正施設へ収容される。
しかし、殺人の動機については決して何も語ろうとしない。
リーランドを演じるのは、ライアン・ゴスリング 氏。
理知的で問題行動のなかった彼がなぜ?!
何も語らないリーランドに興味を持つ施設の教官パールには、
ドン・チードル氏。
はじめどなたか分からんかったー!ヅラってすごいなあ!(ノ´▽`)ノ
作家志望のパール先生も、リーランドをネタに書けるかも♪と、
一方、リーランドのパパは、ケヴィン・スペイシー氏。
息子と離れて住み関係も疎遠、リーランドへの理解はなし。
ライアンはなんで殺されたのか。
殺したリーランドも理由が分かってるのか。
重苦しいテーマで、観る側に疑問を投げかける作品です。
そして答えは見つかりません。
死んでいい人間なんていない。
人を殺して正しい理由なんてない。
強く思ったこと。
"子供は育てられたようにしか育たない。"
手をかけすぎるのも、かけなさすぎるのも。難しいなあー!(;´Д`)ノ
一つ言えるのは、
子供時代に与えられなかった愛情は、
大人になってからもそれを"埋めよう"と欲する。たぶん無意識だろうけど。
最後の印象的なシーン。
この公園の小径で自転車に乗るライアン。
ところが倒木が道をふさいで、ライアンを通せんぼしている。
それでもライアンは、ひたすら前に進もうと無理やり自転車を押し続ける。
知的障害を持つ彼はその方法しか知らないから。
それを見ていたリーランド。
「ライアン、そこは進めないよ」と声をかけ続けるも、やめないライアン。
ここでどうするか?
ある人は自転車ごと迂回させるか。
またある人は、自転車を持ち上げて倒木を乗り越えるか。
するとリーランドは、ライアンを抱きしめます。
目の前の問題解決をするのでなく、"その人"に寄りそう。
これは観てて不意を突かれました。
果たして私はこんな風に人と向き合えてるかな?
忘れられない作品になりそうです。






